不思議な神殿と神殿の番人

森へ

 桃華は森の入口へと走ってやってきた。背後には、いくつもの足音が迫っている。鬼塚という家の家来たちであることは察しがついた。


 桃華は、木の根を踏んだり、枝を折ったりしないよう細心の注意を払いながら森の中へ足を踏み入れる。


 後ろから声が風に乗って聞こえて来た。


「おいよせ! その森は呪われている! 命が惜しければ引き返せ」

「領主様は、連れて帰れと仰せです。我々も森に入るしか……」


 桃華は、ずんずんと前に進んだ。彼女がたくさん読んできた童話の中にも、森はたくさん出てくる。その中で彼女は森が神聖な場所であることは学んでいた。森に敬意を払わなければ、森はこちらに牙をむく。


 桃華の後ろから、木の枝が折れる音が聞こえた。振り返ると、先ほど葵と福吉の家の前にいた男たちも森に入ろうとしているところだった。


 しかし、枝がしなったかと思うと、男たちを次々と森の外へと放りだす。桃華は一瞬びっくりした。しかしすぐに今がチャンスとばかりに走り出す。すると、視界の端で枝が次々に避けていくのが見えた。まるでこっちへ来いと桃華を誘っているかのよう。彼女は、その道を進むことにした。


「おかしい、今までは桃から生まれた人間も、森に入れたりはしなかったのに。なぜ追いつけない」


 という声が遠くで聞こえる。桃華はそれを聞いて不思議に感じながらも先に進み続けた。歩き続けながら、桃華は考える。


「きっと、ここで鬼退治……――、悪しきものを倒すのに必要なものが手に入るはず。悪しきものを切ることができる幻の剣とか。そしてそれはきっと、森の奥の神殿の奥深くで手に入って……」


 そう言ってしまってから、彼女は首を左右に振る。


「いやいや、この舞台背景で神殿って。急にファンタジー要素入ったら、世界観が崩れるよね」


 そうひとりごとを言いながら進んでいた時、ふと彼女は顔を上げた。そしてがくぜんとする。そこには場違いなほど立派な神殿があったのだ。


「これは……。すごい」


 桃華は神殿の方へ一歩足を踏み出した。その時。


「やっと、追いついたぞ」


 後ろから声がした。びくっとして桃華が振り返ると、葵と福吉の家で話をしたやたら偉そうな男が立っている。男はいやな笑い方をする。


「もう逃げ場はないぞ。さっさとついてこい」

「絶対に、言いなりにはなりません。私は、今度こそ自分で道を選ぶんです」


 自分でも思ったより強い口調の言葉が出た。桃華はそれでふっと自信がわく。


「この世界で私は自分に自信をつけて、元の世界でもう一度人生やり直すんです」

「何かよく分からないが、言うことを聞けないなら力づくで連れ帰るまでだ」


 男は、どすどすと桃華の方へ歩いてくる。桃華がじりじり後退していたその時、ひゅっと風を切る音がした。見ると、男の腕に木の枝が巻き付いている。


 桃華はそれを確認すると急いで神殿の中へ駆け込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る