神殿で

 桃華が神殿の入り口に駆けこんだとき、何かに激突した。彼女は、入り口の方へ勢いよくはねかえり、尻餅をつく。


「いたたた……」


 桃華は顔をしかめながら立ち上がろうとする。そして、自分が何にぶつかったのかを知った。


 そこには、一人の青年が立っていた。美しい銀の長髪が、暗がりの中で輝いている。整った顔立ちをしていたが、その眉はひそめられ、瞳は冷たい色をしていた。


「……邪魔だ、どけ」


 突き放すような言い方に、物憂げな声色をたたえて青年は言う。桃華はその言い方が気に食わず、さっと立ち上がって入り口をふさぐ。


「ちゃんと謝ってください。そしたら、どきます」

「なぜこちらが謝る必要がある? 明らかにそちらに非があっただろう」


 青年の額にしわが寄る。二人がにらみあっていると、ギギィと重いものが動くような音がする。はっとした表情の青年の視線の先を桃華は振り返る。それとほぼ同時に神殿の入り口の重そうな扉が閉まった。辺りは真っ暗闇になる。


「うわ……、閉じ込められちゃった。しかも、真っ暗だし」


 すると、暗闇から不機嫌な声がする。


「……あんたのせいで、神殿から出るチャンスをふいにした」


 彼女が目をこらすと、先ほどの青年がまだその場にいることが分かる。


「え? ここに閉じ込められてたんですか?」


 桃華がおそるおそる聞くと、声が返ってくる。


「俺がここへ入ってから、扉はすぐに閉まった。それからあんたが来るまで、扉はぴったり閉じたままで、びくともしなかった」


「うそぉ……」


 桃華は、へなへなとその場に崩れ落ちる。こんな真っ暗では、先に進むこともできない。出入口は閉まってしまったので、戻ることもできない。


 その時、近くで小さな光が一つ生まれた。桃華が光のありかを探すと、それは青年のてのひらだった。


 ぽうっと浮かび上がった青年の顔は見とれてしまうほど魅力的だったが、表情はひどく不機嫌だった。


「……仕方がない、誰かがまた通りかかるチャンスを待つしかないだろうな」

「ごめんなさい……私のせいです」


 半ば投げやりに言う青年の言葉に、桃華は首を垂れた。すると、青年が息をのむ音が聞こえた。


 少しの沈黙の後、半ば言葉を選びながらゆっくりと、声は尋ねてきた。


「……もしかしてあんた、俺に謝ったのか」

「あなた以外に、誰に謝るって言うんですか」


 桃華の答えに、また声は黙ってしまう。桃華は静寂に耐えられずに、声をかける。


「そんなに、おかしいことしましたか?」

「それは。……いや、なんでもない」


 青年は何か桃華に言いかけたが首を振ると、言葉を続けた。


「こうなった以上、仕方がない。どうする? 進むか、それともとどまるか?」


 そのどこか挑戦めいた表情が、今の桃華には頼もしく思えた。彼女は立ち上がると自分を奮い立たせる。


 ここにいても次に誰かが通りかかるかどうかは分からない。通りかかったとして、先ほどの鬼塚家の手下であれば、この青年が助けてくれる保証はない。それなら、先に進んでみるべきではないか。もしかしたら、現代に戻る何か手掛かりが見つかるかもしれない。


 そう思った彼女は、思い切って言った。


「あなたは進む気でいるんですよね? ……ご一緒してもいいですか?」


 すると、青年はふっと笑った。


「……ああ、構わない。後悔だけは、するなよ」


 その言葉に少しだけ違和感を覚えつつ、桃華は歩き出した青年の背中を追った。

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