第二の鬼と新たな街への旅立ち

鬼の説得その二

「とりあえず、おたくがまた鬼を説得したいって言う可能性を考慮して、偵察してきましたよっと」


 大地はそう前置いて、言葉を続けた。


「今回村にいる鬼は、前回の鬼みたいに自信なさげな様子では、ないんですよねぇ。なんていえばいいかな……、自分の置かれた状況が分かってない感じ?」

「置かれた状況……」

「それがねぇ、自分が鬼の体してるって気づいてないみたいなんだよねぇ。なんか……そう、自分を人間だと思ってるみたいなんだわ」

「人間……」


 桃華が言葉を復唱する。何気なく蒼真を見上げた桃華は驚いた。普段は表情の出ない蒼真の表情が、こわばっていたのだ。それには気づかず大地はうーんと、考え込む。


「たとえば、座ろうとした椅子が壊れたら、『どうして人間一人が座ったくらいで壊れるんだよ』って文句言うワケ。でも、こっちから見たら、人間の数倍は重たそうな鬼が座ったら、そりゃ壊れるでしょって。そういう感じ」

「それは、確かに不思議」


 桃華がゆっくり頷いた。大地はでも、と声を明るくする。


「説得するってハナシなら、できないこともなさそうな感じでしたわ。力任せに暴れてるって感じじゃなかったし」

「それなら」


 桃華は、二人に向かって言った。


「村で暴れないよう、そして静まったら村で過ごせるよう取り計らう形で説得してみましょう。そして説得してこのことが片付いたら、一度酒場に戻りましょう」

「そうだな、今夜は酒場で一泊して、明日出かければいい」


 蒼真も頷く。その表情には先ほどまでの緊張した色はなくなっていた。


「決まりだな。それじゃ、ちゃっちゃと片付けちゃうとしましょうか」


 大地は言って、軽い足取りで歩き出す。二人もそれに続いた。


 一行が到着すると、村には人気がまったくなかった。しかし建物の窓から、いくつもの顔が広場を見つめている。そして建物の陰には、武器を構えた男たちが息をひそめていた。桃華は大地に耳打ちする。


「そういえば、この村の武器、返してあげてたのね」

「そりゃ、オレたちが神殿にいる間に襲われでもしたら夢見が悪くなっちまうでしょ」


 もっともなことを言いながら、大地は桃華を物陰に隠れるよう誘導する。


「司令塔が怪我でもしたら壊滅ですからね、おたくはここに隠れててください。オレと蒼真で鬼と話してきますから」


 大地は言うと、蒼真に頷く。すると蒼真も頷いた。二人は連れ立って、石碑のあった広場の方へ歩いていく。広場の中央では、鬼が酒の入った瓶をラッパ飲みしていた。


 桃華は物陰に隠れつつ、同じく物陰にいて武器を構えている村の男性に向けて言う。


「当分、攻撃はしないように伝えてもらえますか? 私たちでなんとかできないか、試してみますので」

「本当に、大丈夫なのかね」


 そこに、以前桃華たちと話をした長老を名乗る老人が現れて尋ねた。老人は、桃華に向けて言う。


「とりあえず、酒を大量に用意しておいて、酔ったあとに攻撃をしかけようとしていたんじゃが」

「私が無理そうだと判断したらお願いするかもしれません。でも、そうならないよう私の仲間が説得しに行ってくれてます」

「信用できるのか」


 老人の隣に立っていた男の言葉に、桃華はすぐに頷いた。


「もちろん。私の意見を尊重してくれる仲間たちですから」

「分かった。村の者たちにそう伝えよう」


 老人はそう言うと、男に合図を出した。男は持ち場を離れ、他の物陰へと移動していった。桃華が息づくとほぼ同時に、以前大地からもらったイヤホンつき片眼鏡からノイズが聞こえる。続いて大地の声が聞こえてきた。桃華は広場を注視する。


「おたく、この村に何の用があってきたんだ?」

「酒が飲みたかったからに決まってるだろ。こっちのいた村には、酒がねぇんだ!」


 ろれつが回らなくなり始めている大きな野太い声。おそらく、これが鬼の声なのだろう。そう桃華は理解した。


「酒がある村とない村があるのか」


 蒼真の言葉に、鬼が怒ったように言う。


「そうさ。こっちがいた村は、お偉いさんしか酒が飲めやしねぇ。こっちは酒は飲めねぇのに、お偉いさんのために酒を用意しろって言うんだからな、おかしな話だ」

「それは確かに、おたくの言う通り、おかしな話だねぇ」


 大地が相槌をうつ。鬼は大地の肩をどんどんとたたいた。


「分かってくれるか! そう、それでお偉いさんに怒鳴り込んでやろうと思った時さ。その時から急に背が伸びた気がするんだよなぁ」


「お偉いさんのところへは行ったのか?」

「ああ、行った。けど、こっちが何か言う前に悲鳴を上げて逃げて行きやがった。何がおかしかったんだろうな」


 不思議そうな声。桃華の感じた違和感を、大地も感じ取ったのだろう、彼はこう質問した。


「……ちなみにおたく、人間だよな」

「なーに言ってんだ、あったりまえだろ」


 豪快に笑う鬼の声。桃華は、長老に言った。


「鬼さんは、きっと力持ちです。力仕事を任せる代わりに、お酒やお金をたっぷりあげるから、この村で働かないかと提案してもいいですか」


 すると、長老は言った。


「村で暴れられて被害が出るよりよっぽどマシじゃ。それで解決するなら、それくらい、わしの権限で用意しよう」

「だそうです、大地さん」


 桃華が言うと、それに答えるようにイヤホンの向こう側で大地が言う。


「村長と話をつけた。あんたが力仕事を手伝ってくれるなら、酒や食べ物や生活に必要なものは用立ててやるってよ」

「そりゃあいい。前の村でも力仕事ならやってきたつもりだ。どーんと任せとけ」


 それを聞いて、桃華は村長に頷いた。


「しかし、その前におたくに伝えなくちゃいけないことがある」


 大地は言うと、近くにあったジョッキに鬼の顔を映す。


「おたく、どうやら鬼みたいなんだわ」

「!? 嘘だろ、おいっ! こっちは人間だ。信じてくれっ」

「いやもちろん、信じますよ? ただ、おたくの現状だけは知っておいてほしい、そう思ってるだけさ」


 大地の言葉に、鬼は取り乱しながら言う。


「退治する気なんだろ!? 退治しないでくれっ」

「だから、言ったでしょ? 長老とはすでに話はつけてある。大丈夫だって」

「ほ、本当か? 本当に退治しないか」

「……こちらのリーダーがそう決めた、絶対に傷つけたりはしない」


 蒼真が一言発すると、鬼は落ち着きを取り戻した。


「オレはついこの間まで、人間だったんだ……。なぜ、こんなことに……」


 うなだれる鬼に対して、大地は励ましになるか分からねぇが、と前置いて言う。


「それに関しては、今はなんとも言えない。でも、ここにいれば身の安全は保障されてるさ、とりあえずはね」


 そこまで聞いたとき、桃華は、思わず物陰から出て鬼の前に姿をさらしていた。


「ああもう、おたくって人は……。まだいいって合図出してないでしょうが」


 大地が桃華の傍らに来て、彼女を守るように立つ。


「オレ、前衛タイプじゃないんだから」

「刀持ちはここにいる」


 蒼真が大地の桃華を挟んだ反対側に控える。


「ハイハイ、これでとりあえず大丈夫。出て来たってことは、言いたいことがあるんだな? 言いたいだけ言っちまえ。聞きたいことがあるなら、聞いとけ」


 大地が投げやりに言う。桃華は、鬼に向かって聞く。


「私は信じます、あなたが突然鬼なったというその言葉。理由を、必ず突き止めます。それまで、ここで待っていてください」

「あんた……、見ず知らずの人間にそこまでしてくれるのか」


 鬼は、桃華を見つめる。そして、聞く。


「なぜ、そこまでしてくれるんだ」

「信じていたいからです、人を。私自身が信頼してもらえなかったから」


 桃華はそう言って、かつての自分を思い出していた。










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