夜明け前
その頃、紅太と直季はただ、一緒に一所に座っていた。どちらとも、何も言いださない。直季は、何度か紅太を見、言葉を発しようと口を開けるのだが、すぐに閉じてしまう。
やがて、ぽつりと紅太が言った。
「……お前のこと、信じてもいいか? 迷惑、か?」
「紅太……」
直季は驚いたように紅太を見つめた。そして、言葉を選びながら答えた。
「こんな僕でも、これからも信じて下さるのでしたら。僕は、あなたの傍を離れません、絶対に」
すると、紅太はゆるやかに笑った。
「だったら。お前の今日の行動を、許す」
「あなたを苦しめるようなことをしてしまって、すみません」
直季が謝ると、紅太は直季をバカにしたように見つめて言った。
「なんだ、お前らしくもない」
「僕は、今までいかに初代桃太郎にお供した犬飼家の人間として、恥じない生き方をするか、それだけを考えてきました。それ以外の生き方を知らなかったのです。だから、大事な局面で迷ってしまった。自分のプライドを優先して、鬼塚家につくべきか、それとも心が落ち着くあなたと一緒にいるべきか」
すると、紅太は笑う。
「人間、悩まなくなったらおしまいだろう。考えなくなった時点で、それはロボットであって人間じゃない。お前が一瞬でも俺と生きるか鬼塚家の人間として生きるかを悩んでくれたのなら、それで十分だ」
紅太の言葉に、直季はしっかりと彼を見据えて言った。
「決めました、もう迷いません。僕の代で、初代桃太郎との縁はすっぱり切ります」
その瞳を紅太はじっと見つめ、そして今日一番の笑顔を見せた。
「俺と一緒に現代の日本に行こう、直季。そして俺が迷ったときには俺を導く光になって、支えてくれ」
直季はその言葉を聞いて、大きく目を見開いた。しかしすぐに彼もまた笑顔を見せて言う。
「御意」
――
「鬼ヶ島は、ここからそんなに遠くないのさぁ」
夜。桃華たちを一か所に集め、葵は言った。桃華の隣にはすっかり回復した大地、紅太の傍らには、直季が控えている。
「打ち出の小づちは、一日に一度しか使えない。うまく使わせれば、相手の戦闘力をそげるさ」
桃華は、立ち上がる。そして、桃之介に向かい合う。
「なんだ」
「打ち出の小づちが欲しいんですよね。約束します、私たちが現代の日本に帰った後は、あなたたちの好きに使ってもらって構いません。ですから、打ち出の小づち奪還に、協力してくれませんか」
桃華の言葉に、桃之介はバカなことを言うなという。
「誰がお前たちと手を組むものか。わたしたちは、わたしたちで勝手にやる」
「力が分散していれば、相手の思うつぼです。相手はあの鬼ですよ。力では到底、人間では勝てません。勝てるとしたら団結して人数を集めるしかないのです」
「猿飼家も協力する。あたいが既に手紙を送っておいた。明日の朝には街の人たちをつれてきてくれるはずさ」
萌木は桃華にウインクする。
「あたいたち猿飼家は今まで、中立の立場を守ってきた。鬼側にも、桃太郎側にもつかずにね。でも、あんたが鬼を『説得』しようとしてたことで、気が変わったってとーちゃん言ってた。それに、虚空のおじさんにとられた初代桃太郎からの贈り物も取り返したいからね。あれは本来、とーちゃんが持つべき持ち物だ」
「気に食わん、手を組むなどと」
気乗りしない様子の桃之介に、大地が畳みかける。
「全員でかからないと、どのみち打ち出の小づちは手に入らない。無駄死にしたくなけりゃ、束でかかるしかねぇよ」
「くぅ……」
「桃之介さんは、桃太郎さんの息子さんなんですよね。あなたがいてくれたら、絶対に勝てます」
桃華の言葉に、桃之介は首を横に振る。
「初代桃太郎の息子という意味であれば、向こうのリーダーも同じだ」
「え……」
桃華が聞き返すと、桃之介は言った。
「蒼真。あいつも、初代桃太郎の子だ。そしてあいつの母親は、かつて退治した鬼の娘だ」
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