鬼ヶ島へ

大地の願い

 桃華は眠っている大地の傍らで彼の手を握っていた。葵に傷の手当てをしてもらった大地は、桃の力で毒こそ消えたものの、数時間経っても目を覚まさない。


 大地がこのまま目を覚まさなかったら。そう思うと、桃華はどうしても彼の傍を離れることができなかったのだ。


「大地さん……」


 桃華は、そう呟いて大地が以前、彼女にくれた本を取り出して彼を見つめる。


「大地さんがくれた本、ちゃんと読んだよ。それで、現代の日本から来た人間は、すべて桃太郎の候補者となることが分かった。そして、桃太郎の仲間となる者は、必ず玉を持ち、名字に犬、猿、雉のいずれかがつく人間であることも」


 ここで言葉を切り、桃華は大地の手を見つめる。


「大地さんが、蒼真さんを警戒していたのは、名字に鬼という言葉が入っていたからだよね? それであなたは、彼が現代の日本ではなくこちらの世界の人間だと気づいた」


「……ああ。……確固たる証拠はなかったけどな」


 そう急に声がして、桃華は思わず大地の顔を見る。大地が、薄目を開いていた。彼は、弱々しく言う。


「おたくのおかげで、死なずに済んだ。……ありがとな」

「こちらこそ。あなたには、二度も命を救ってもらった。感謝してる」


 桃華は大地の手をぎゅっとにぎる。そしてその手を自分の頬に当てる。


「……もしあなたがこのまま目覚めなかったらと思ったら、怖くて仕方がなかった。あの時。蒼真さんがあなたを殺そうとしたときもそう。あなたがいなくなったらと思ったら、いても立ってもいられなかった」

「そりゃ、光栄だね」

「茶化さないで」


 桃華はそう言うと、大地を真剣な目で見つめた。


「桃太郎の役割を持つ人間にこの世界の住人が力を貸すのは、現代の日本に一緒に連れて帰ってほしいからだって本には書いてあった」

「ああ。もちろん、善意で力を貸すもの好きもいるだろうけどねぇ」


 大地がふっと笑う。


「けど、オレはそうじゃない。元々は、おたくの力を借りて、そっちの世界に行きたいと思ったからだ。ここには、オレの居場所なんて、ねぇからな」


 そう言うと、大地は桃華に向かって首をかしげる。


「オレの話、少しだけ聞いてくれるか」

「もちろん」


 桃華に促され、大地はゆっくりと話し始めた。


「本とは別の冊子は読んだか」

「うん。大地さんの手書きの物語だよね」

「そう言われると、恥ずかしさしかないんだけどねぇ」


 大地は自嘲気味に笑ってから言う。


「そこにも書いたけど。オレの父親は、かつて桃太郎と旅をして、鬼退治をした雉だった。オレにはたくさんの兄弟がいた。そいつらはこの世界に来たおたくと同じ、異邦人と共に旅に出て……。全員、変わり果てた姿で戻ってきた」

「大地さんの兄弟が仲間になった異邦人は、桃太郎に、なれなかったんだよね」


 桃華の言葉に、大地は静かに頷く。


「桃太郎になれなかった異邦人は、鬼となる。そして、その鬼となった異邦人と共に旅をしていた仲間も、鬼になっちまう」

「私が説得した鬼に、この世界の記憶を持った鬼と、私と同じ現代の日本の記憶を持った鬼がいたのは、それが原因だったんだよね」

「そう。オレの父が桃太郎について行って退治した鬼、そいつも現代から来た人間だったそうだ」


 大地は、桃華の後ろにある日本一の旗を見てほほ笑む。


「……オレは、本当に運がいい。桃太郎になるべき人間の仲間になれた。鬼にならずにすんだ」

「私が桃太郎になるって、分かるの?」


 桃華の言葉に、大地は旗をあごでしゃくる。


「あれが、何よりの証拠だよ。あの中の刀、あれは元の桃太郎が持っていた刀だ。初代の桃太郎は、あれで鬼ヶ島の鬼を退治した」

「あれが……」


 桃華が驚いて旗を見ていると、食事を運んできた葵が言う。


「アンタに託したあの刀は、確かに桃太郎が鬼退治をしたときに使った刀だよぉ。桃太郎の話によると、鬼ヶ島に封印されていた、鬼を斬るための刀なんだって言ってたねぇ」


「葵さん、あなたと福吉さんはいったい……」


 桃華の言葉に、葵はにっこり笑った。


「アタシらかい? アタシらは、初代の桃太郎を拾ったじいさんとばあさんだよ」

「ああ、それで……」


 桃華は一度納得したように頷きかけて、大声を出す。


「ええー!?」

「まさか、初代の桃太郎がやってきた桃で一度若返り、またアンタの桃でもう一度若返るとは、思ってなかったけどねぇ」


 葵はふふと笑ってから急に真面目な顔になる。


「アンタの入ってた桃を食べて若返った時、感じたんだよ。アンタこそ、桃太郎になるんだろうってねぇ。だから、その刀を預けたんだ。結果は、アタシらの予想通りだったわけさ」


「鬼塚家は……」

「鬼塚家はねぇ、桃太郎が宝を持って帰った時、あの子の持ってた宝をもらうべく、当時の領主様が、娘と結婚させて縁を結んだんだ。だからあの桃之介とかいう男は、確かに初代桃太郎の血を引いた人間だよぉ」


 葵の言葉に、大地は付け足す。


「初代桃太郎が宝を持ってこの島へ帰ってきたとき。犬、猿、雉はそれぞれ桃太郎から宝物を分けてもらったんだ。オレの父親がもらい受けたのが、この眼鏡。これは、現代の日本についての情報が詰まっているんだ。犬飼家は同じく情報を取り出せるスーツ、猿飼家は、人の性格を自在に変えることのできる本だったと記憶している」


「それじゃ、猿石さんのあのキャラクターは」

「作られた物でしょうねぇ」


 大地がなんでもないことのように言う。それから、大地は桃華のことを真剣に見つめる。


「オレは別に兄弟の仇を取りたいわけじゃない。でも、兄弟たちが夢に見た現代の日本ってのに興味を持ったのは事実だ。そして今は、おたくがその世界でどうやって生きていくのを見たいと思う。……かなえてもらえるか」


 桃華は、大きく頷いた。


「もちろん。絶対、大地さんを一緒に連れて帰る。約束する」


 それを聞いて、大地は安堵のため息をついた。







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