来訪者

 やってきたのは、一人の老人だった。老人は、桃華のところへやってくると、福吉と葵に席を外すように言った。二人は、老人と桃華のことを気にしながら外へ出て行った。


 二人きりになったことを確認し、老人はゆっくりと話し始めた。

「わしは、異界から来た者たちにこの世界のことを教える立場の人間じゃ。警戒せんでもよい。そして、何でも聞くがよい。答えられる範囲で答えようぞ」


 桃華は、考え込む。初対面の人間に心を開いてよいか考えあぐねていた。老人はそれを見抜いたように桃華をただ見つめる。


「警戒されても仕方がないことは百も承知じゃ」

「では、まず一つお聞きします。……私は、この世界で何をすればよいのでしょう」


 桃華の言葉に、老人は高らかに笑う。


「いきなり核心に迫りよるか。その心意気、嫌いではないがな。お前さん、残念じゃがそれは、自分で見つけるしかないぞ。のう、男に扮した娘さんよ」


 男に扮した娘、と言われて桃華は一瞬たじろぐ。老人はケタケタと笑う。


「他の者はあざむけても、わしの目はそうそう騙されんよ。しかし、男装したやつは、初めて見たかもしれんな。その分じゃとおぬし、何をするべきか分かっておるのではないか?」


 老人の問いに、桃華はうつむく。そしてひとり言のように呟く。


「私は……。この世界が『桃太郎』の世界で、私自身が桃から生まれたのなら、桃太郎に関連する人間かもしれない。そう思っただけです」


「ふむ。なかなか、肝が据わっていると見える」


 老人は、あごをなでる。桃華は老人をまっすぐ見つめて尋ねた。


「……私は、もう現代の日本には戻れないのでしょうか」

「それはおぬしの考え方次第、としか答えられん。今は、な」


 老人の答えに桃華は老人の方に身を寄せた。老人は、真剣な表情で桃華を見つめ返す。


「おぬし、異世界転移は信じるか」

「他の世界に転送されることですよね。今までは実際に起きるとは思っていませんでしたが、今はそういったこともあり得るのではないかと思っています」

「よろしい。今おぬしが置かれている状況は、まさに異世界転移じゃ」


 老人は床をとんとんと指でたたく。


「おぬしは、現世に嫌気がさしたか何かで一度自分の生を捨てようとした。それにより、この世界に迷い込んだ。この世界では、異世界の来訪者は大きく二つの種類に分かれる」


「二つの種類……ですか」


「そうじゃ。一つは、元の世界へ戻りたいと願う者。もう片方は、現世のことを完全に捨て、この世界で生きようとする者。おぬしは、どちらじゃろう? 元の世界へ帰りたいと思うかね?」


 老人の射抜くような視線に、桃華は思わず老人から視線をそらす。老人の話を信じるのであれば、まだ自分の体は現代の日本で生きているということだ。


 もし現代の日本に戻ることができるとするなら、自分はどうするだろう。桃華の考え込む様子を、老人は静かに見守っていた。

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