桃華の提案
(まさか、演劇部で男役をしたことが、こんなところで役に立つなんて)
桃華は、鏡で自分の髪を結わえながら思う。結わえ終わると、立ち上がって全身を眺めた。布で胸をつぶし、福吉から借りた男物の着物を着た彼女は、今は男に見えないこともない。
そこで彼女に大きな不安がのしかかってくる。
(男のふりをするなんて簡単に言っちゃったけど、大丈夫かな。もしばれたら……)
そう考えると、悪寒が走った。最悪の場合、死刑になるのではないか。桃華はぶるぶると震える。嫌な気持ちを追い払おうと首を左右に振ったところで、外が何やら騒がしくなった。
葵の噂を聞きつけた村人たちが次々とやってきたのだ。
「アタシの家にもついに、桃から生まれた男が来てくれたんだよぉ」
葵は村中にその噂を広げた。村人たちは、噂が本当かどうかを確かめにやってきたようだ。
男装した桃華を見て、誰も彼女が女なのではないかと疑うものはいなかった。
次々と帰っていく村人たちの背中を見送りながら、桃華は安堵のため息をつく。
ばれなければ、福吉と葵も村人たちに受け入れられるはず。村人たちに認められれば、さらに情報を集めやすくなる。これを逃す手はない。
「そういえばさぁ、アンタ、名前はどうするのさぁ」
村人たちが帰った後、葵が聞いてきた。
「桃華って、女の名前なんだろ? ここじゃあ気にはされないだろうけど、一応男っぽい名前にしといた方がいいんじゃないかねぇ」
「名前なら、考えてあります」
桃華は微笑む。男の名前。それは、最初から決まっていた。
「桃太郎。桃太郎と名乗ります」
桃太郎と名乗ろうと決めたのには大きく分けて二つ理由があった。一つ目は、物語の主人公と同じ名前を名乗ることで、自分を鼓舞しようと考えたから。
そしてもう一つの理由。それは、同じ名前……――、桃太郎と名乗る人物がいれば、すぐに情報が集まるからという理由だった。
桃太郎という名を名乗る人物は、桃華と同じく別の世界、『桃太郎』の物語を知っている人間である可能性が高い。もしそういった人物が他にもいるのなら、ぜひ話を聞きたいと思ったのだ。
「桃太郎、ねぇ。ま、分かりやすくていいんじゃないかねぇ」
葵も納得した様子で頷く。福吉は頭をかく。
「名前はそれでいいじゃろうが、これからどうする? まさかいきなり鬼退治に行こうとするんじゃなかろうな?」
「それは、さすがに無理です……」
福吉の言葉に、桃華はうなだれる。現代の日本で彼女が誇れることなど、ほとんど何もなかった。そんな彼女がそのままの状態で鬼退治になどに行けば、ただ命が一つ散るだけである。
男装して性別を偽ったものの、これからどうするべきか桃華は考えあぐねていた。その時、一人の来訪者が現れた。
「失敬。こちらに桃から生まれた子がおると聞いてきた」
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