自称救世主を名乗る、もう一人の桃太郎?

酒場にて

 蒼真と桃華は、桃から生まれた男を一目見ようと酒場へ向かう街の住人について、酒場へとやってきた。二人は、入り口で立ち止まって建物を見上げる。


「……リアルな酒場なんて、初めてだな」

「桃太郎の物語の世界なのに、こんな洋風でいいんでしょうか……」


 桃華が失笑する。目の前にある建物は、どう見てもRPGの世界でよく見る酒場に酷似していた。


「実際存在している以上、それ以上でもそれ以下でもないだろう」


 蒼真はそう言いつつ、桃華の背まで屈むと小声で言う。


「……あんたと決めた、事前の打ち合わせ通りの設定で行くぞ、いいな」

「はい、任せてください」


 桃華は自分の胸をとんとたたく。蒼真は頷くと、先に酒場の扉を開けた。とたんに、喧騒の中に二人は引き込まれる。


 グラスがぶつかる音、食器がこすれる音。話し声。様々な音がまざりあったにぎやかな空間が、広がっていた。


 蒼真は先に立って歩き出し、すばやく周りを見渡す。桃華が遠慮がちに声をかける。


「誰か探してるの? 桃から生まれたって人?」

「……いや、この店の中で一番お偉いさんに見える人に声をかけたい。その方が色々とうまく行くだろう」


 桃華は、納得したように頷く。そして、提案する。


「それなら、そっちは天鬼くんに任せます。私、もう一つの方法を試してみるので」

「もう一つの方法……?」


 蒼真が首をひねる。そんな彼の肩をぽんと背伸びをしてたたくと、桃華は笑う。


「まぁ、任せといてくださいって。そちらはそちらで、お願いします」


 そう言って、たっと走り去ってしまう。蒼真は、大きくためいきをついて言う。


「……彼女といるのは、なかなか骨が折れそうだな」


 それから、店の奥のカウンターに座り、こちらを見ている男を見つける。でっぷりとした体をカウンターと椅子の間に窮屈そうに押し込んだ中年の男。彼に目星をつけると、蒼真はゆっくりと男に向けて歩を進める。


 目と鼻の先まで近づくと、蒼真は丁寧に頭を下げて声をかけた。


「……失礼。ここのオーナーとお見受けしました」

「ふん」


 男は、鼻をならす。蒼真は言葉を続ける。


「私と連れは、桃から生まれ、便宜上行動を共にしております。しかし、この世界にやってきて間もない身の上。そのため、情報や食料、宿がありません」

「……それで」


 中年の男は、少しだけ蒼真の方へ体を向ける。蒼真は、目を伏せて言った。


「……単刀直入に申し上げます。こちらで働かせて頂きたいのです」

「こちらに、何のメリットがある?」

「桃から生まれた人間を雇ったという話題性で、集客効果が見込めます」

「ふん、そんなことをせずとも、ここは既に儲かっている」


 男がふんぞり返る。他の手を考えるべきかと蒼真が思った時だった。二人の人物が男と蒼真の近くへやってくる。ちらと人物を見た蒼真はぎょっとする。


 それは、化粧の濃い女性と、桃華だった。桃華は蒼真に向かって下手なウインクを一つ。女性は、桃華にキンキンした声で言う。


「そうなのよぉー、せっかくの料理が台無しと思っていたところなのよねぇ! アンタ、男なのにいいことに気づいてくれたわね!」


 そして、でっぷりお腹の男に言う。


「ねぇアンタ、この子が食器類洗ってくれたんだけどねぇ、見てよこれ! あたしらに足らないものは、綺麗好きの従業員よ」


 女性は、ピカピカの食器を男の顔に向かって突き出す。蒼真は、傍らに置きっぱなしになっている食器を見る。蒼真より前に座る前に座っていた客のものだろう。長時間片づけをしなかったせいか、ソースがカピカピになってはりついている。


 しかし、どうも今日ついたものではなさそうな汚れも残っているような気がした。女性と男が話している間に、桃華は蒼真の隣に腰かけた。


「……一応、聞こう。何をしてたんだ」

「天鬼さんは、一番お偉いさんを探すって言ってたから。私は、お局さんを探してたんです」

「お局……」

「こういうことって結局、お局さんに取り入った方が早いことが多いんですよね。あの人がここの女性代表に見えたので、その人が、気にしてそうなことをつついてみたまでです」


 桃華が得意そうに言う。そして、蒼真に瞳をかがやかせて言う。


「褒めてくれても、いいんですよ?」

「……遠慮しておこう」

「えー」


 二人が言い争いをしていると、女性が割って入った。


「アンタたち、当分ここにいるといいよ。亭主には、あたしから話をつけといた」


 それを聞いて、桃華は立ち上がると思わず女性に抱き付いた。


「おかみさん、ありがとうございますっ」

「わわ、急に抱き付くんじゃないよ。びっくりするじゃないか」


 女性……――、酒場のおかみさんは、驚いた顔をしながらもまんざらでもなさそうに言う。


「いや、若い男に抱き付かれるのも、悪くないねぇ」


 ふふんとごきげんなおかみさんに対し、亭主は少し不機嫌だ。その不機嫌な表情のまま、蒼真に言う。


「女房がああいうもんだから、仕方ねぇ。しばらく置いてやる。仕事は手伝えよ」

「もちろんです。ありがとうございます」


 蒼真は深々と頭を下げる。亭主は、ちぇっと悪態をついて席を離れようとする。少し歩き始めてから、亭主は足を止めて蒼真を振り返った。


「そういやさっき、もう一人桃から生まれたヤツが来たが、そいつはお前らの仲間か?」

「いえ、まだ話もしたことがありません」


 蒼真が答えると、亭主はある場所をあごでしゃくった。そこには、大きな人だかりができている。


「店に入ってくるなり、自分は桃から生まれた救世主だとかぬかしやがって、オレの客に酒やらメシやらをおごらせてるらしい。いけすかねぇヤツだ」


 あんなヤツと仲間になるなら、酒場からすぐ追い出すからな、と一言言い置いて、亭主はその場を去る。おかみさんと戯れている桃華に蒼真は声をかける。


「おい、いつまでやってるんだ。行くぞ」

「はーい。ではおかみさん、また後で」

「ああ、アンタが来るまでに食器をひとところに集めておくよ」

「お願いします」


 そう言って桃華は蒼真の傍らに移動する。蒼真は、酒場の亭主に教えてもらった方を見る。


「どうやら、あそこにいるらしい」

「それじゃ、行きますか」


 二人は人だかりの方へと歩き始めた。


 


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