森を抜けて
桃華は突然のまぶしい光に、目を細める。そして周りを不安げに見渡した。すると、背後から静かな声が飛んでくる。
「……何か探し物か」
桃華はその声に嬉々として振り向く。視線の先で、蒼真が無表情に桃華を見下ろしていた。愛想のない蒼真の顔でも、すぐ近くにあることが今はただ嬉しい。
「いえ」
桃華が慌てて言うと、蒼真が口の端をあげて笑う。
「……今一瞬、俺に置いていかれたんじゃないかと心配したんだろう」
「そ、そんなことないですっ」
「……子どもだな」
蒼真はそう言いながら、桃華に背を向ける。そして彼女に背を向けたまま、一言。
「俺は、交わした約束は必ず守る。約束した時と状況が変わったとしても、それは変わらない」
その言葉を発した彼の表情は読み取れなかった。桃華は彼の背中を見つめる。
「それは、こうして神殿の外に出られ、私と一緒に行動するという約束を守る必要性がなくなっても、一緒にいてくれるということですね?」
桃華の言葉に、蒼真は黙って歩き出す。それを肯定の意ととるべきかどうか判断に困って立ち止まっている桃華に、また声だけが飛んでくる。
「……さっさと来い。置いていくぞ」
風に乗って届いたその言葉を聞いて、桃華は軽くはねるように走って彼の背中を追いかける。追いつくと、彼の半歩後ろに並んで歩く。
「どこか行くあてがあるんですか、天鬼さん」
「とにかく、人の往来がありそうなところへ行こうと思う」
蒼真は短く答えた。桃華はちょこちょこと彼の倍の歩数で歩きながら、蒼真を見上げる。
「人の往来のあるところ、ですか。仲間を探しに行くんですか」
「桃太郎の話通りなら、サル、キジ、イヌを仲間にするんだろう?」
「そうなりますね。でも、本当にそうなるんでしょうか」
桃華が首をひねる。蒼真はふっと笑う。
「……確かに? 鬼を仲間にしている時点で、元の物語から離れてしまっているな」
「もうこのまま、めでたしめでたしにしてくれませんかね……」
桃華は小さくためいきをつく。その時だった。大きな音が森中に響き渡る。桃華は蒼真の後ろにすさまじい勢いで隠れた。
「わわわっ、天鬼さん何かすごい音がしましたっ」
「……後ろに隠れても、意味はないと思うがな」
そう言いつつ、蒼真は注意深く周りを見渡した。そして、冷静な声で言った。
「森の木が、一斉に脇にどいた。そのせいだ」
「どうしてそんなに冷静でいられるんですかっ!?」
「ここは、少なくとも異世界だ。何が起きたって不思議じゃないだろう」
蒼真の背中から少しだけ顔を出した桃華は驚いた。森の木が、左右に分かれ、一本道を作ってくれているのだ。そしてその向こう側には、いくつもの建物が遠目に見えている。
「……おそらく、さっきのあんたの知り合いが道を作ってくれたんだな」
蒼真の言葉に、桃華は後ろを振り返り、大声で叫んだ。
「ありがとうございます、福吉さん、葵さん!」
そして二人は建物の方へ向けて歩を進めた。
―――
日が沈みかけるころ、二人は街に到着した。道すがら、男性の立ち振る舞いを少しだけ教えてもらった桃華は、きょろきょろと周りを見渡す。
「どうしましょう。そろそろ宿を見つけないと」
「お金もないのに、どうやって泊まれと」
そう言いながら、蒼真は鼻を鳴らす。そして、一つの建物をあごでしゃくった。
「宿屋ではなくここは、酒場に行くべきだろう」
「ああ、情報を集めるなら酒場ですよね、やっぱり」
桃華がぽんと手を打ったその時だった。通りがかりの街の住人が話している会話が耳に入る。
「え、この街にも桃から生まれた男が来たのかい?」
「そうさ、今酒場にいるってハナシさ」
桃華が蒼真を見上げると、彼は頷く。
「ちょうどいいじゃないか、うまく行けば仲間に誘い込めるかもしれない。そのためには」
そこまで言うと、彼は桃華を見て顔をしかめる。
「くれぐれも、女であることがばれないようにするんだぞ」
「はーい」
桃華ののんびりとした返事に、蒼真は頭を抱えた。
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