建物の中へ

「よいしょ、よいしょ」

「……もう少し、マシなかけ声はないのか」


 桃華と蒼真は少しずつ池にある建物へと進んで行った。


「よいせ、ほいせ」

「……戻してくれて構わない」


 あと数歩で建物のある小さな島に辿りつく、そう思った時だった。突然桃華の足が透明の床ではなく、空を切った。


「おわわわわっ」

「おっと」


 蒼真がぐっと力を込めて桃華の体を引き戻す。


「最後だと油断させて、落とす。なかなかいやらしい……」


 桃華がむむと唸っていると、蒼真が少し手前から助走をつけてジャンプする。彼はなんなく、建物がある浮島へ到達した。そして、桃華の方を振り返るとゆっくりと片手を差し出す。


 桃華は蒼真と同じように少し後退すると勢いをつけて浮島に向けて飛び出す。蒼真は桃華の伸ばされた手を掴むと、ぐんと力を入れて引き上げる。桃華は勢いよく、地面にびたんと着地する。顔から真っ逆さまに。


「……まさか、勢いをつけてこちらに飛び込んでくるとは。予想外だ」


 蒼真が肩をすくめる。桃華は、砂に顔をうずめたままで言う。


「それは先に言ってほしかったです……」


 二人は連れ立って建物の中に入った。ぼろぼろの家屋の中央には、場違いなほどきらきらときらめく、刀の入った鞘が一つ床に無造作に置いてあった。


「あー、台座から引き抜くタイプではないんですね」

「宝箱はないみたいだな」


 二人の声が重なる。彼らは互いの顔を見合い、互いに言葉を発する。


「いや、そもそも剣を台座から引き抜くなんて、ジャンル違いだろう」

「宝箱の代わりに刀があるじゃないですか、これが神殿の最奥に眠るお宝でしょ」


 そう言いあってから、同時にため息をつく。


「……それで、どうする? 刀は一本しかないぞ」


 蒼真が首をかしげて桃華を見る。桃華は蒼真のすらっとした背を見上げた。


「あなたが持っていてください。私が持っていたって、使いこなせませんから」


 蒼真の目が驚きで大きく見開かれた。そして、静かにゆったりとした口調で尋ねる。


「……本当に、いいんだな?」


 桃華は頷く。そして、確かめるような視線で蒼真を見る。


「その代わり、ちゃんと守ってくださいね。私、丸腰なんで」

「そちらを敵と認識しない限りはな」


 蒼真はそう言い置くと、刀を手に取った。すると、どこからか拍手が聞こえて来る。二人は、ぎょっとして音のする方を振り返った。音の出どころは、建物の入り口側だった。そしてそこには二人の人物がにこやかに立っている。


 その人物を見て、桃華はさらにびっくりした。そこに立っていたのは、葵と福吉だった。


「福吉さん、葵さん。どうしてここに」

「なんだ、知り合いか」


 蒼真は小さく息づくと、刀の柄にかけていた手をどける。


「おや、刀を下ろすのは早いんじゃないかねぇ。まだアタシらが敵じゃないと決まったわけじゃないよぉ」


 葵は笑う。福吉は、葵をたしなめながら桃華に向き直る。


「よくぞ、ここまで。わしらは、ここの神殿の番人なんじゃよ」

「アタシらは、村の人間にまぎれて、ここへ来る人間を選別してたのさぁ」


 葵は笑って桃華に謝る。


「だますようなことして、悪かったねぇ。アタシらも、宝物を持つにふさわしい人間を探すのに必死だったんだぁ」


 呆気に取られている桃華に福吉は、一本の旗を差し出す。それは、桃華が見たことのある、『日本一』と書かれた旗だった。福吉は桃華の目をまっすぐ見つめてほほ笑む。


「ここには、二人以上でしか来ることはできん。しかし、宝物である刀は一本のみ。その刀の所有者をどのようにして決めるのか、それを見守るのがわしらの役目なのじゃ」


「大概、取り合いになるんだけどねぇ。アンタはやっぱり変わってるよぉ。まだよく知りもしない相手に、得物を渡しちまうんだからねぇ。でもそこが、いい」


 葵はにっこり微笑む。そして理解が追いついていない桃華に優しく言う。


「アンタはそう思っていないと思うけどねぇ。アンタこそ、桃から生まれた村を救う勇者にふさわしい人間だと、アタシは思うよぉ」


「この旗は、刀にもなる。桃から生まれし勇者に渡すことを目的に作られた刀じゃ。お前さんにこそ、ふさわしい」


 福吉はそう言いつつ、蒼真に向き直る。


「この子のことをよろしく頼みますのじゃ」

「何かあったら、ただじゃおかないからねぇ」


 葵が笑いながら言う。しかし、目が笑っていない。


「この建物の出口を出たら、神殿の入り口に戻ってるはずさぁ。くれぐれも気を付けてこの先行くんだよぉ」


 桃華は、福吉と葵に旗を振りながら言う。


「ありがとうございました。最初に会った村人が、あなたたちで本当によかった」

「礼を言うのはこっちの方さぁ。アンタが来てくれたおかげで、桃からパワーをもらって、アタシら、若返ったのさぁ」


 桃華はそれを聞いて、はっとする。以前福吉が葵に言っていた


「贈り物ならすでにもらった」


という言葉。あれは、きっとこのことを言っていたのだと気づいたのだ。


「それでさ、何かの役に立つかもと思って、持ってきたんだぁ。これも持っていきなぁ」


 葵が、桃華に袋に入った瓶をくれる。中を見ると、瓶の中に小さく切られた桃が入っていた。


「きっと何かに役立てます。ありがとうございます」


 桃華はもう一度二人に礼を言うと、蒼真の方へ歩き出す。彼は既に、建物の入り口の扉の前で待機していた。彼なりの配慮だったのかもしれない。


 桃華が頷くと彼は、福吉と葵に軽く会釈すると扉を通り抜けた。桃華も扉の前まで行くと立ち止まり、二人の方を振り返って手を振ると、一気に扉を通り抜けた。


 通り抜けた先には、眩しい光が辺りを照らし出していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る