新たな仲間
男が去った後、桃華は一瞬、しまったという顔をした。周りの人間が桃華を取り囲む。びくっとする桃華だったが、彼女の心配は杞憂に終わった。
「お前も桃から生まれたのか。同じ桃から生まれたヤツでも、全然違うな」
「追っ払ってくれてありがとな。あんなやつのどうでもいい話で時間を無駄にするところだった」
桃華を称える言葉をかけながら、人々はそれぞれの席へと戻って行く。いつの間にか、酒場の亭主から会計を迫られていた男も姿を消していた。肩をすぼめて俯いていた彼女は顔を上げる。蒼真がいつの間にか傍らにいて、そっと声をかけた。
「大丈夫だ、みんなお前に感謝している」
蒼真の声に、桃華は安堵のため息をつく。そして小声で言う。
「余計なことをしてしまったかと思いました……」
桃華の言葉に、蒼真は首を横に振る。
「自信を持っていい。あんたは、この人たちにとっていいことをしたんだ」
蒼真の言葉に、ようやく桃華は蒼真を見上げて弱々しくほほ笑む。その時だった。小さな拍手の音が桃華と蒼真の耳に届く。
「おたくら、うまくやったな」
声のした方を二人がふり返ると、椅子に座って、酒をあおる青年が一人。彼は、緑の縁取りのある眼鏡をかけ、寝癖がついたままのような髪型をしていた。しかし、眼鏡の奥の顔は、整っている。こちらを見ると、軽く笑って手招きした。
「街についた当日に、宿屋の主人と女房さんを説き伏せて、なおかつ街の住人の信頼を得るなんて、そんな最速攻略、オレは聞いたことがないねぇ」
青年は、ずれた眼鏡を指で押し戻しながら二人に言う。
「おたくら当分ここにいる予定? だったらちょっと手を貸してほしいだけど、さ」
眼鏡の奥で、瞳がきらりと光ったような気が桃華にはした。蒼真は、青年のテーブルに近寄ると、訝し気に尋ねる。
「……あんたも別世界から来たのか」
「そっ。おたくらとオレは、似た者同士ってワケ。手を組まない? 仲間は多いに越したことないでしょ?」
オレは単独行動が好きなんだけどさ、と付け足しながら青年は言う。
「オレは数日前からここにいてさ。情報なら、おそらくオレの方が持ってる。ここは、ギブアンドテイクってことで一つ、お願いできないかねぇ」
「ギブアンドテイク?」
首をかしげる桃華に、青年は言う。
「おたくらは、オレと一緒に行動してもらって、オレに何かあったら手を貸す。おたくらは、オレの持ってる情報を手に入れる。そういうコト」
蒼真と桃華は顔を見合わせる。桃華は蒼真に向かって言う。
「確かに、一緒に行動してくれるってことなら、いいかもしれないですね」
「そうだな」
蒼真は頷く。青年は、うれしそうな顔をする。
「よかった。オレ、雉飼大地っていうんだ。よろしく、どーぞ?」
「俺は、天鬼蒼真。こちらは、連れの木崎桃太郎だ」
大真面目な顔で自分の名と桃華の紹介をする蒼真。桃華の偽名を聞いて、青年……――、大地は吹きだす。
「え、ごめん。……それ、本名なの?」
「そこは秘密ということで一つ、よろしくお願いします」
桃華は、笑って答える。すると、大地は一瞬びっくりした顔をしたがすぐに笑って言う。
「ま、どのみちこの世界だけの浅く短い関係だもんな。それもいいだろ。よろしく」
幸い、大地は桃華の名前について詳しく言及しようとはしなかった。桃華は小さな安心と少しの罪悪感を覚える。しかし罪悪感の方を振り払って大地に言う。
「どうぞ、よろしくお願いします」
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