神殿の乱入者

 石の床に、三人分の足音だけが響いている。先を歩く大地が振り返った。


「壁になんか書いてありますねぇ」


 そう言って大地が松明を掲げた。明かりに照らされて、壁にいくつもの絵が並んでいることが分かる。


「これは……。さっき見た石碑と同じように、絵が描いてありますね」


 桃華は興味深げに壁を見つめる。


「これは、何を表すのでしょう」


 桃華の目の前には、桃華たちの世界で言う桃太郎がサル、キジ、イヌをお供に従え、鬼に対して何かを言っているシーンが描かれていた。


 そしてその横には、鬼が渋々と言った様子でマントと笠を渡している様子が描かれていた。


「鬼退治を済ませた桃太郎が、マントと笠をもらったってところか」


 蒼真は言うと、そのまま壁から目を離して歩き出す。大地は、頷く。


「おそらく、ここにあるのはマントと笠で間違いないでしょうねぇ」


 それから蒼真を追おうとして、桃華に視線をやる。そして彼女が壁からまだ目を離さないことに気づいた。


「おたくには、まだ何か気になることがありそうだな」


 大地が桃華の傍らに立って松明を掲げて見せる。桃華は、じっと壁を見つめたままで言う。


「この絵の前、サルが何か桃太郎に耳打ちしてるんです」

「どうせ、お宝まだ隠してやがるぜみたいなこと言ってるんじゃない?」

「そう……ですよね」


 桃華は言うと、壁から離れる。それを確認して大地は再び歩き出す。桃華もそれに続こうとした。その時。


 大きな爆音が辺りに響き渡った。桃華は、野太い悲鳴と共に大地の腕に思わずしがみついた。


「ぎゃあっ。……今のは神殿内部からですか、外からですかっ!?」


 すると、大地が複雑な表情をしてため息をつく。

「……あのねぇ。急にくっつかれたら驚くでしょうが。……にしてもおたく、とんでもなく下品な悲鳴出すな」

「すみませんねぇ、お下品で! どうせかれ……彼女いない歴イコール年齢ですよ!」


 思わず、女性としての自分の言葉を語ろうとして、あわてて訂正しながら桃華は言い、ぷいっとそっぽを向く。大地は、苦笑いした。


「さっきの爆発音、おそらく外からだな。誰かが無理矢理、この神殿に押し入ろうとしてるらしい」


 大地が言う。


「私が、天鬼さんと前の神殿に入ったときは、後から私が入れましたけど……」

「何か色々条件があるんじゃないですか。オレは知りませんけどね」


 大地は言うと、とにかく、と桃華の背中を押す。


「嫌な予感がするんですよねぇ。そしてこういう予感って大概的中する。どこか、身を隠せそうなところを探してくれ」


 普段、飄々とした話し方の大地が緊迫した声で言うので、桃華は急いで壺が大量に置かれた場所にそっと入り込んだ。そして、大地に向かって手招きする。


「オイオイ。おたくはそこで大丈夫だろうけどな、オレには少々ちいさ……」


 そう言いかけて、大地は桃華の隣に滑り込んだ。そして床に貼りつく。次の瞬間、もう一度大きな音がして、神殿の中が急に明るくなった。桃華は物陰からそっと外を覗き見る。


 すると、幾人もの人間が神殿の中に入ってくるのが見えた。先頭に立っている男に桃華は見覚えがある。福吉と葵の家に押しかけて来た、鬼塚家の使いと名乗った男だった。


 彼は、大声で叫んだ。


「おそらく、ここに桃太郎伝説に伝わる宝物が眠っているはずだ。探せっ」

「桃太郎伝説……?」


 桃華が、呟く。


「それから、桃から生まれた人間がまぎれこんでいるかもしれん。見つけ次第連れてこいっ」


 その言葉を聞いて桃華の体がこわばる。見つかったらどうしよう。大勢の足音が、桃華たちの近くまで迫ってきていた。その時だった。


 桃華のすぐ横に会ったひびの入った壺の中に何か入っているのを、彼女は見つけた。割れ目から、きらきらした光が見えている。桃華は大地に向かって小声で言う。


「雉飼さん、ここに何か入ってます。引っ張りだすので周りの様子を見張っててください」

「何も今やらなくても……、分かった。見張りは任せとけ」


 桃華のジト目に根負けして、大地は仕方なさそうに言う。桃華はそっと体を少しだけ起こすと、そっと壺から中身を取り出した。


 それは大きなマントのような形をしていた。桃華は小さな声で大地に言った。


「雉飼さん、きっとこれですよ。宝物」

「宝物がそんなところにあってたまるかよ」


 そう言いつつも、大地の手がマントに触れる。そのとたん、ビリビリッと電流が走るような音がして、大地が慌てて手をどけた。そのとき、壺の一つに手があたり、大きな音を立てる。


「なんだっ!?」


 近くを探していた男が、こちらに歩いて来ようとする。桃華は戸惑う。すると、大地が小さいながらも鋭い声で言った。


「そのマントを着ろ! おたくだけなら、なんとか隠れられるだろっ! 本物かどうかわからねぇが、今は信じるしかねぇ。本物なら何かしらの効果があるはずだっ」

「一人だけ助かるなんて、そんなこと、できませんっ」


 桃華はそう返すと大地の上に覆いかぶさり、その上にマントを広げた。息を殺して二人はしばらくそうしていた。


「この辺で音がしたんだがなぁ……」


 男が歩き回る靴音が響く。そこへ、もう一つ靴音が近づいてきたかと思うと、別の男の声がした。


「外に鬼が出たらしい、撤退だ。調査は明日に持ち越しだとよ」

「ちぇ。仕方ねぇなぁ」


 足音二つが遠ざかっていく。足音が聞こえなくなったところで、桃華はぴょん、と大地から離れてマントを抱えた。


「よかった、なんとかなりましたねっ」

「死ぬかと思ったぜ……。おたく、心臓に毛が生えてるって、よく言われない?」


 大地が言うと、桃華はそういえば、と考えこむ。


「昔はよく言われてましたね。最近は記憶にないですが」


 そして、マントを抱きしめる。


「これは、ロマンがつまった道具、身体を透明にできる道具ですねきっと」

「こっちは、姿を隠せる笠だ」


 二人が見上げると、そこには蒼真が立っていた。


「取り込み中のところ、悪いな。こちらはこちらで、宝物を見つけた」

「天鬼さん、無事でよかったです」


 桃華は、蒼真に笑顔を向けた。蒼真は、無表情に言う。


「完全に、俺のことを忘れてただろう?」

「そんなことはありませんよ! そ、それじゃ、宝物も見つかったことですし、村に戻りましょうか」


 桃華が話題をそらすと、蒼真はどうも煮え切らない様子をしつつも頷く。三人は連れ立って神殿を後にした。










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