このチームのリーダー

「さっきの男の人たちが言っていた、桃太郎伝説というのが気になりますね」


 桃華が歩きながら言うと、大地は何かを考えるように空を見上げる。


「そういえば……。隣の街に、大きな図書館があるって聞いた覚えがありますわ。そこなら、情報があるかもしれませんがね」


「なるほど、行ってみる価値はありそうですね」


 桃華が言う。その言葉を聞いて大地はふと、何かに気付いた顔をする。


「今さらですけどおたく、随分と他人行儀な話し方だな? 少なくとも今は、仲間なんだしもう少しくだけた話し方してくれて、構わねーぜ。オレも適当にするからさ」


 大地に言われて、桃華ははっとする。


「確かに、雉飼さんや天鬼さんは、仕事上の付き合いじゃないですもんね。最近は、家と職場の行き来しかしていなかったもので、人との距離間が分からなくなっていました。そうか、それもそうでした」


 桃華が言うと、大地はおかしそうに目を細める。


「雉飼さんって、くすぐったいんだよなぁ。大地でいいよ」

「大地、さん……。おおおお、言いにくいいいいっ。人の名前を呼ぶのって、少し恥ずかしいんですよねぇっ」


 桃華は叫ぶように言う。すると、前を歩いていた蒼真が、顔だけ向けて無表情に言う。


「こちらも、蒼真、で構わない」

「うおおお、モテ期到来!? ちがう、男にモテてどうするんだよっ」


 桃華は思わず本音を言いかけて、急いで言葉を付け足す。その様子に、蒼真がくすっと笑う。


「あ、蒼真さん、笑いましたね」

「いや、笑ってない」

「いや、絶対笑ったって」


 そう話しながら、桃華は自分が当たり前のように二人と話せていることに安心する。そう言いながら進んでいくと、石碑があった村の建物が見えてきた。そして、あたりが騒然としていることに気付く。


「何か、さわがしい気が……」

「オレ、先に行ってちゃちゃっと偵察してきますわ」


 大地はそう言うが早いが、走り出そうとする。それを桃華が呼び止めた。


「大地さん、ちょっと待って」

「何」

「これ、持って行ってください。何かあったら大変だから」


 桃華は、先ほど神殿で手に入れたマントを差し出す。すると、大地は顔をしかめた。


「さっき、見たでしょ? オレが触ろうとしたら、びびって電気走ったの。 オレ、それに絶対嫌われてるんですわ。それとも何? オレが痛がってるのを見たいワケ?」

「違いますって。きっと、静電気がたまってたんですよ」


 桃華は言うと、マントに向かって言う。


「そうですよね、マントさん。きっとあなたは大地さんの力になってくれますよね?」


 そう言って、大地にマントを着せる。すると、今度は電気は走らなかった。大地は驚いた様子で桃華を見つめた。


「……おたく、なんか不思議な魔術、持ってるのね」

「魔法とかは使えないよ。ただの、一般人」


 桃華は笑って言う。大地はマントのフードをすっぽりかぶると、姿を消した。


「それじゃ、蒼真さん、大地さんをしばらくここで待ちますか」


 桃華の言葉に、蒼真は頷く。


「……しかし、マントを預けてしまって、よかったのか。相手は敵かもしれないんだぞ」


 蒼真の言葉に、桃華は首をかしげる。


「蒼真さんにも私、刀を譲ったでしょ。私、自分では戦える気がしなくて。だから人に譲って、譲った相手に守ってもらうしかないと思うの」

「ある意味それは人任せにも聞こえるが……」


 蒼真の言葉に、桃華はこっくりと頷く。


「そう、人任せにしてる。でも、蒼真さんも大地さんも私の大切な仲間。私が心を開いて、相手に道具を預けることで、相手にも信用してもらえるんじゃないかって、そう思ってるの」


 桃華の言葉に、蒼真はゆっくりと言葉をつむいだ。


「そうだな。お互いに信頼し合わないとな」


 どこか、自分に言い聞かせるような口調で蒼真は言った。その時、木の上から、大地がたっと降りてきた。


「騒ぎの原因が分かったぜ。さっきの神殿荒らしが鬼が出たって言ってたろ。鬼が村にいた」


 その言葉に、蒼真と桃華は体を固くする。


「以前のように、説得できそうな相手でしたか」


 桃華がおそるおそる聞く。すると、大地がふっと笑う。


「おたく、本当に退治する気はねぇんだな」

「絶対しない。向こうが襲ってきたら別だけど。私にはその力はないし、そもそも退治すること自体が違うような気が、私にはするの」

「その理由、詳しく聞かせてもらってもいいか? 前にも聞こうと思って聞く機会を逃しちまってさ」


 大地が首をかしげて桃華を見る。奥にいる蒼真も、こちらを見つめていた。大地の目は、純粋そのものだった。


「笑わない?」

「ああ、約束する。第一オレは人の意見を笑うほど、人間ひねくれてねぇ」


 それを聞いて、桃華は語り出す。


「私、悪役に感情移入することが多かったの」

「ひねくれた人間だったんだな」


 表情の読めない口調で蒼真が即答する。桃華はそれで肩を縮ませる。すると大地が、静かに蒼真に言う。


「人の話を邪魔していいのは、プラスの意見だけだと思うぜ。マイナスの意見は、話し手の気持ちを折ることにしか繋がらなねぇ」


 それを聞いて、蒼真は黙る。大地は言った。


「悪い。続けてくれ」

「ありがとう。……もちろん、好きになれない悪役ももちろんいた。その違いを子どもながらに考えた私は、一つ感情移入できる悪役の共通点を見つけたの」


 桃華は蒼真に向きなおる。


「蒼真さんと出会ったとき、私が言ったこと、覚えてる?」

「『桃太郎』の鬼が本当に悪者だったのか分からないって話か」


 蒼真の言葉に、桃華は頷く。


「そう。鬼が本当に悪さをしたのか、分からない。確かに同じ『桃太郎』でも、鬼が悪さをしていたと書かれていたものもあったけど、そうじゃなかった本もあった。だから、その『鬼が悪さをしていた』ということ自体が、後づけの可能性もある」


 桃華は自分の中から言葉がするする出てくるのを感じた。


「私が感情移入する悪役は、必ず事を起こす前の背後関係が見えたの。女王だけど、王子が結婚したら王子が王になる。だからせめて、世界一綺麗でありたいと願った女性とか。姫をたぶらかした魔女が、実は姫のお父さんに住む場所を追われていたとか」


「……なんとなく、言いたいことはわかる」

「私たちが見ているのは、あくまで物事の一部分にすぎない。その一部分しか見えていない状態で物事を判断するのは危険なんじゃないかって、そう思った」

「だから鬼も、鬼だからという理由で退治はしたくないってワケね」


 大地は神妙に頷く。そして呟くように言った。


「そういう考え方、したことありませんでしたわ。……おたくの考え、全部は無理にせよ、大筋は理解したつもりだ」

「よかった」


 桃華は安堵のため息をつく。大地はそんな彼女に確かめるように聞く。


「つまりは、相手の本質を理解する前に行動を起こしたくないってことだろ。だから人に危害を加えているようなら、止める。でも危害を加えなさそうなら、どうにか退治しない方向で行く。そういう認識で、いいんだな桃太郎」

「うん、自分はそうしたい」


 桃華はそう言って、大地を見つめる。ただ、と言葉を続ける。


「あくまでこれは個人的な意見。だから、大地さんや蒼真さんが違うと思うのなら、その都度話を聞いて、お互い納得するような形で進みたい」

「オレは、おたくに従う。意見なんてあってないようなもんだからな」


 大地は、それに、と付け加える。


「このチームでは、おたくがリーダーだろ」

「え、リーダー」


 桃華がびっくりする。すると、蒼真も深く頷いた。


「同感だ。桃太郎がリーダーというのは自然な流れだ」

「えええ!?」


 桃華はあたふたする。大地は優しい目をした。


「だーいじょうぶ。おたくは、オレらの動く方向性を決めてくれりゃあいい。オレたちはついていく。ややこしいことはぜーんぶ、蒼真がしてくれるから」


 何気ない大地の言葉に、蒼真が失笑する。


「……俺に押し付けるな」

「オレは後方支援、あんたは刀もって突入、桃太郎が指示役。役割分担バッチリでしょうよ」


 大地と蒼真が言い争いを始める。桃華はそんな二人を見ながら、平和だなと思う。

その時ふと、鬼のことを思い出した。


「大地さん、それで鬼は……」

「あ、忘れてましたわ。この村に来てる鬼の報告なんですがね……」


 そう言って大地はとたんに切り替えて、話し始めた。







 














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