サル役・猿飼萌木

 ショートカットの茶色がかった髪をした少女は、髪を振り乱しながら図書館の入り口まで走ってきた。しかし大柄な男に体で侵入を防がれる。


 男に激突した少女は、地面にひっくり返る。桃華は慌てて少女に駆け寄ると、彼女に片手を差し出す。


「大丈夫? 怪我はない?」


 桃華に差し出された手を少女は不思議そうに見上げる。しばらく彼女はその手と桃華が背中につけて日本一の旗を交互に見比べていた。そしてその手を取って立ち上がり、桃華の手を両手で包み込むように握って、満面の笑みを浮かべる。


「も、もしかして!? あんた、桃太郎さん!?」

「え? えっと……、そうだけど……?」


 戸惑う桃華には構わず、少女は桃華の手にほおずりする。


「とーちゃんの言ってた通りだった! 桃太郎さんは、本当にいたっ!」


 少女の元気さに桃華は狼狽える。そんなとき、少女のちょうどななめ後ろあたりにいた、ついさっき紅太の仲間になったばかりの虚空が目に入った。彼は鋭い目をして少女をにらんでいるように桃華には見えた。しかし桃華がよく見ようと目を細めるとすぐに、自信なさげな表情に戻ってしまう。彼は、紅太と直季に声をかける。


「と、図書館には入れそうにないですし、よかったら、この街をご案内しましょうか」

「そうだな。入れないところにいつまでいたって、仕方がないからな」


 紅太は言って、虚空の後へと続く。直季は一行に会釈をすると紅太の後に続いた。桃華はそれを見送ると、少女に向き直る。


「と、とーちゃん……?」

「うちのとーちゃん、すっごいのさ。とーちゃんは桃太郎伝説に出てくるサルで、桃太郎さんと一緒に鬼退治に行ったんだからね!」


 桃華はそれを聞いて驚く。桃華は、少女に向かって聞く。


「えっと、もう一回言ってもらっても、いいかな」

「え? とーちゃんがすごいって話?」

「違う、そのあと」

「とーちゃんが、桃太郎伝説に出てくるサルで、鬼退治に行った話?」

「そこ!」


 桃華が大声を出すので、少女はびくっとする。蒼真が桃華の傍らに来て言う。


「桃太郎伝説について、詳しいのか」

「え、あ、うん。とーちゃんから、耳にたこができるほど同じ話を聞いたからな」


 少女は言って、空を仰ぎ見た。それはオレンジ色に染まり始めている。


「あ、いけない。……あたし、暗くなるまでにおつかい頼まれてるんだ。詳しい話は明日でもいい? 明日、朝イチでここに集合。あたいは、猿飼萌木っていうんだ! それじゃあな」


 萌木と名乗った少女は、それだけ言うと、風のように走り去った。雉飼は、蒼真とは桃華を挟んで反対側の傍らに立って、苦笑する。


「嵐のように去っていったな、あの彼女。図書館には入れそうにもないが、新しい情報が得られるかもしれねぇな」

「そうだね」


 そう桃華が言ったとき、萌木が再び戻ってくると、入り口を守っている大柄な男に袋を投げつける。


「それ、返しといて! 今日が返却期限なんだ!」


 そしてまた走り去っていく。蒼真が頭を抱える。


「騒々しい」


 大柄な男は、袋の中に大量の本が入っているのを確認するとため息をついた。桃華は、二人に言った。


「それじゃ、酒場に戻りますか。桃津さんの言う通り、ここに立っていたって、何も情報集まらないもんね」


 一行は、酒場へと戻って行った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る