サルとの出会い

サルの役割を持つ者

「寄りたいところって……、市場だったんだね」


 桃華は市場の入り口を見上げて言った。すると、大地は大きく頷く。


「そう。この辺りで一番大きな市場ってウワサでさ。活きのいい魚に、うまい肉。酒のつまみを作るのにもってこいの食材が揃ってるんですわ」


 大地が言うと、桃華にウインクする。


「おたくが酒を飲めるクチだってわかったからさ。うまいつまみ作って、夜中に一緒に酒盛りしようと思ってな」

「大地さん、料理、得意なんだ」

「任せときな。大概のものは作れるぜ。……ついこの間まで、一人で生きて来たからな」


 大地が後半は聞き取れるか聞き取れないくらいの言葉で言った。その言葉に秘められた大地の感情には気づかずに、桃華は尊敬のまなざしを大地に向ける。


「小さいころに初めて作った料理を母親に捨てられて以来、料理するのはトラウマなんだ」

「……それは、なかなかにひどい」


 蒼真が相槌を打つ。


「たしかにそれまではカップラーメンしか作ったことなかったけど! でも初めて作った料理、それも親に成果を見せようと思って置いておいた料理を捨てられたの! やっぱりありえないよね!?」


 桃華が蒼真に同意を求めている間に、大地が小声で繰り返す。


「カップラーメン……?」


 その途端、大地の眼鏡のレンズに何やら映像が浮かび上がる。それを見て、大地は納得したように頷いた。二人は、そんな大地の一連の行動には気づかない。


「ま、野宿のときとかの料理はオレに任せといてくれりゃあいい。この世界じゃ、おたくらのご要望に応えられないから、全部こっちに任せてもらう形になっちまうけどな。適材適所ってヤツだ」


 大地はふっと笑うと、先に立って歩き出す。桃華と蒼真は彼の後に続いた。


――


 買い物袋を抱えながら一行は、図書館へと向かう。桃華は、隣を歩く蒼真にそういえば、と声をかける。


「図書館ってこんな時代にもあるんだね」

「……そもそもファンタジックな神殿が存在するくらいだ。いちいち気にかけたって仕方がないだろう」

「それもそうか」


 桃華が理解したように頷く。図書館と思われる大きな建物の前には、大柄な男が一人立っていて、こちらをにらんでいる。


 男の前には、紅太と直季、それ以外に自信なさげに肩を落とし、困ったように図書館を見つめる男が一人佇んでいた。紅太は入り口をふさぐ大柄な男に突っかかっていた。


 直季は、一行に気がつくと、こちらに近づいてきて困ったように頭をかく。


「数十分ぶりですね。みなさんも、図書館を訪れるつもりだったのですか」

「……そのつもりだ。何かあったのか」


 蒼真の言葉に、直季が不満げに大柄な男を振り返って言った。


「我々も調べものをしに、図書館を訪問するつもりだったんですけどね。鬼塚家の使いだと名乗る男が、今日は図書館は閉鎖だと言って通してくれないんですよ」

「閉鎖って言ったって……、鬼塚家にそんな権限あるのかよ」


 大地の言葉に、直季は首をひねってみせる。


「さぁ。詳しいことは僕にも分かりません。ですが、彼のせいで中に入ることができないのは事実です。鬼塚家ともめ事を起こせば、ろくなことはなさそうですしね」


 桃華は直季に尋ねる。


「えっと……、鬼塚家ってそんなにすごい一族なの」

「彼らを怒らせれば、ろくなことがありません。それこそ街の人たち全員に白い目で見られ、お金を払っても買い物や宿に泊まることができなくなります」


 直季の言葉に、桃華はぽんと手を打った。


「下々の者には到底理解の及ばぬ、お偉いさんってところだね。理解した」

「困りますよねぇ、急に、お休みにされたらっ」


 突然の声に一行が振り返ると、そこには先ほど図書館の方を見つめていた男が肩をすくめて立っていた。ボサボサの髪に、猫背の男はひどく老け込んで見えた。桃華はその顔を見て、どこかで見た顔だと感じる。


「ぼ、ぼく、借りている本があって。その本、今日中に、返さないと、当分、本が借りられなくなっちゃうんです。絶対に中に入れてもらえなければ、困るんですよ」

「それは、大変ですね」


 桃華が言った。猫背の男は、入り口に立つ男と言い争いになっている紅太をまぶしそうに見つめて言う。


「ああ、ぼくにも、ああやって自分の思えることがすぐに言える力が、あればいいのに……」


「……ああいう性格は、良し悪しがあるぞ」


 蒼真がぼそっと呟く。そんな中、紅太が肩をいからせて一行のもとへやってきた。


「直季、やっぱりだめだ。話が通じん相手は嫌いだ。桃太郎としていずれ世界を救う男だと何度言っても通してもらえない」

「も、も、桃太郎!?」


 猫背の男が、急に大声を出す。その声に、紅太が警戒した表情で男を見た。猫背の男は、目を輝かせて紅太を見つめると、彼の手を握ってぶんぶん振り回す。


「さっきの、あの怖そうな男に、ずかずかと言いたいことを言っている姿! 感動、しました!」

「そ、そうか……? そんなに褒めても、何も出ないぞ」


 紅太は戸惑いと、まんざらでもないといった気持ちが入り混じった顔をしていた。その時、紅太は不思議そうな顔で、猫背の男に言う。


「お前、どっかで会ったことないか……?」


 すると猫背の男は、首がもげるのではないかと思うくらいぶんぶんと首を縦に振る。


「お、覚えていてくれましたかっ!? 以前、別の街の酒場で、お会いしました」

「ああ、そこのちび男に恥をかかされた酒場で……」


 そう言いかけて、紅太は桃華をじろっと見る。桃華は申し訳なさそうな顔をしてみせる。


「酒をおごってくれたいいヤツだな、思い出した」


「も、桃から生まれた人に覚えていてもらえるなんて、感激です! ぼ、ぼくは、猿石虚空さるいしこくうっていいます。よかったら、仲間に入れてくれませんかっ」


「仲間……? そういえば、あの酒場で会ったときも、そんな話、してたな」


 紅太は、腕組みをして言う。


「あの時は酒場から急いで出て、名前とかも聞き損なったもんだから、そのまま会えずじまいになってて、返事をしそこなったけど。……鬼退治を手伝ってくれるのなら、歓迎してやってもいいぞ」


 紅太がさらっと言ってのける。直季が慌てて言う。


「紅太。そんなにあっさりと仲間に引き入れてしまってよろしいのですか」

「どうせ、この世界では顔見知りなんて一握りでほとんどが初対面だ。誰を仲間にしようが、そんなに変わらないだろ」


 紅太は言い退けて、一言付け加える。


「それに、猿という言葉が名字に入っているということは、いずれ桃太郎になる男の仲間にふさわしいじゃないか、これ以上の理由は必要ないだろ。酒代おごってもらえるしな」


「ええ、ええ、それはもちろん。いくらでもおごらせていただきますっ」


 紅太が意地の悪い笑みを浮かべて言った言葉に、虚空は嬉しそうに答える。その様子を見て、直季がため息をつく。


「嗚呼、単純というかなんというか……」

「お前だって犬飼っていう、犬という言葉があったから仲間にしたっていう理由もあるぞ、直季」


 紅太の言葉に、ますます直季は大きなため息をつく。そこへ遠くから一つの足音と、大声が聞こえて来た。


「どいたどいた! この猿飼萌木さるかいもえぎが急いでるんだから、さっさと道あけて! あたいとぶつかって吹っ飛んだって、知らないんだからねっ」


 土ぼこりをあげてこちらに向かって走ってきているのは、一人の少女だった。


 




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