夢の再来

 その夜。桃華は夢を見ていた。その夢は、以前にも見たことがあったことをふと、彼女は思い出す。


 夢の中には、老人がいた。その老人は以前、桃華の前に現れ、彼女に元の世界に帰りたいかどうかを尋ねた老人だった。 


 老人は、優しい声で言う。


「やぁ、いらっしゃい。今からいくつかお前さんに質問をする。時間がかかっても構わない、正直に自分の思う通りに答えてほしい。じゃないと、後悔することになるかもしれないから、慎重にね」

「後悔……ですか」


 桃華の言葉に、老人は静かに頷く。


「この選択に、リセットボタンはない。お前さんの人生がかかってる。くれぐれも注意して選んでくれ」

「分かりました」


 桃華は神妙な面持ちで答える。

 

「一問目。お前さん、今の生活に満足しているかい? それとも満足していないかい? 満足していない場合は、具体的にどんなところに満足してないかを教えてほしい」


 桃華は考えながらゆっくりと答える。


「私は、今の生活に満足はしていません。それは別に、生活自体に嫌気がさしている、というよりは自分自身に嫌気がさしている、というのが正しいのですが」


 桃華の答えに、老人はただ頷いた。


「具体的に、どんなところに満足していないんだろう?」


「自分が、自分のやりたいことに向き合えていない点で、です。私は社会人になってから数年間、ただ流されるがままに働いて、寝てを繰り返してきました。本当にやりたいことが、実は分かっているのに、それに向き合うのが怖かった。そしてここまでずるずると来てしまった」


「ふむふむ、なるほどね。では二問目。もし、今生きている世界とは全く別の世界に今の記憶を引き継いで生まれ変われるとしたら、お前さんはそれを望むかい?」


 老人の言葉に、桃華は少しの間考え込んだ。しかし決心したように首を横に振る。


「いいえ。私は、今の世界で頑張り続けたいと思います」


 その答えに、心なしか老人が微笑んだように見えた。


「では三問目。生まれ変わった世界でお前さんが主人公、わき役を選べるとしたら、どちらの役割になりたい?」


 これに関しては、桃華は即答する。


「脇役ですね。私は、主人公になれるほど何かに秀でてもいませんし、脚光を浴びたいとも思いません。ただ、誰かの支えになれることはしてみたい、そうは思います」


 老人は、こっくり頷く。


「わかった。これでお前さんの道は決まった。それじゃ、始めよう。新たな物語の幕開けを」

「新たな物語の幕開け? それじゃあ私は、別の世界に生まれ変わってしまうってことですか?」


 桃華の問いに、老人は首を横に振る。


「それはまだ、分からない。この物語が終幕を迎えるまでは、誰にも、それこそわしにもお前さんにも分からない。ただし」


 老人は、桃華の肩をたたく。


「これは、お前さんの物語でもある。じゃから、お前さんが強く望めば、あるいは物語はおのずと決まってくるのかもしれん。わしは、お前さんが綴る物語の行く末を見届けるのが仕事じゃ。後悔のないようにな」


 それだけ言うと、桃華の視界がもやがかかったように霞んでくる。


「待ってください、まだ聞きたいことが……っ」

「何か知りたいことがあるのであれば、まずは自分の足で探してみる事じゃ。知ろうと努力をしておればいずれは、手を差し伸べてくれる者が現れるじゃろうて」


 そこで桃華は目覚めた。冷や汗をかいた体を清めるべく、彼女は風呂へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る