それぞれの想いを抱いて。

 その夜。みんなが寝静まった部屋の中で、桃華はそっと起きだした。部屋には他に、大地と紅太、直季がいた。男と偽っているため、さすがに一人部屋にしてくれとは頼めない。そんなことが数日続いているので、桃華は男に囲まれて寝るの自体は、苦でなくなっていた。


 桃華は、鞄の中をごそごそすると、大地から受け取った本を引っ張り出す。それから、明かりを探して動き回ろうとする。


 その時、桃華のベッドに明かりが灯った。彼女が振り返ると、隣のベッドで眠っていた大地が、明かりを灯してくれていた。彼は不敵な笑みを浮かべて、彼女を見た。


「読む気になったんだな、感心感心」


 大地の言葉に、桃華は頷く。


「大地さんがせっかく取ってきてくれた本だから。何かこの本に重要な手がかりがあるから、持ってきてくれたんでしょ」


 桃華の言葉に、大地は調子に乗った口調で言う。


「オレも随分と信用されたもんだぜ。あんまり期待するなよ」


 桃華は、そんな大地の目をまっすぐに見つめて言った。


「ありがとう」

「え?」


 桃華のまっすぐな言葉に、大地が拍子抜けしたような声を出す。


「鬼から、全力で守ってくれて。……あの時、ちゃんとお礼、言えてなかったから」

「なんだ、そんなことか。オレは、あんたの仲間だ。当然だろ」


 大地がふっと笑って言う。桃華は、ベッドに本を抱えて戻ってくる。本を読み始めようとした桃華に、大地は少し寂しそうに言った。


「……。正直に言うとな。本当はその本、渡すべきかどうか、迷ったんだわ」

「え」

「……そこには、オレや直季にとって不利益な情報、本当は知ってほしくない情報が載ってるのさ。でも、オレは結局おたくにそれを渡した。それは一重に、おたくに信じてほしいって思ったからだ。それだけは、忘れないでほしい」


 彼はそれだけ言うと、おやすみと言って桃華とは反対側を向いて寝転がってしまった。桃華が声をかけても答えはない。彼女は諦めて、本を読み始めた。


 最初は楽しそうに本を読み進めていた彼女の表情が、だんだん曇り始める。そして、とあるページまで来た時、桃華は大地の背中をじっと見つめた。その表情は、とても悲しそうな顔をしていた。


 彼女が本を閉じようとしたその時だった、本とは別の冊子がはらりと落ちた。桃華はそれを拾い上げた。しかし読もうとせず、本に差し込み直そうとした。


 しかし、思い直したように、冊子を一ページめくった。そして文字を追っているうちに、次々と何かにとりつかれたように、彼女はページをめくり続けた。そして結局最後のページまで読んでしまう。読み終わり、冊子を閉じた彼女は、しばらく放心したように固まっていた。そして、何かを決意したように一人頷くと、本は、傍らのベッドに置き、そして冊子は自分の枕の下に引いて、布団をかぶった。


 しばらくすると、規則正しい寝息が聞こえてくる。その音を聞いて、大地がそっと向きを変えて、桃華の顔を見た。彼は、複雑な表情をして彼女を見つめていたが、やがて誰にも聞こえないくらいの小さな声で言った。


「……ごめんな、嘘ついて。苦しめちまって、ごめんな」


 その声は、ひどく苦しそうな声だった。彼は、また桃華とは反対の方向に向き直って今度こそ眠りについた。


――


 その頃。鬼塚の邸宅にて。桃之介はイライラしながら、部屋を行ったり来たりしていた。その時、扉がノックされて一人の人物が入ってきた。


「遅いではないか、待ちかねていたぞ」

「……今日は、色々とあってな」


 窓から入ってきた月明かりが、後から入ってきた人物の顔を照らし出す。その人物は、銀の長髪をうっとうしそうにどける。


「お前がこちら側の人間だと、ばれていないだろうな?」


 桃之介の念を押すような質問に、彼は鼻をならす。


「ばれるようなドジは踏んでいない。……ただ、強いて言うなら」

「強いて言うなら?」


 桃之介が眉根を寄せる。


「……あの雉飼という男、あいつが厄介だ。全部は知らないにしろ、俺が何か隠してると勘づいているように見える」

「あいつが? あいつは確かに昔から、掴みどころがない男ではあるがな。ただ、それほど脅威になるとも思えん」


 桃之介が笑う。それでも気になるのなら、と桃之介は一本の短剣を差し出す。


「これは……」


 首をかしげる銀髪の男に向かって、桃之介は薄笑いを浮かべる。


「その短剣には毒が塗ってある。あいつが怪しい動きをしたなら、そいつを一刺ししてやればいい」

「……自分の配下ですら、殺しても構わないと」


 銀髪の男の言葉に、桃之介は笑う。


「お前とわたしがいれば、それで十分だ。それ以外など、いてもいなくても一緒だ」


 その言葉に、男は疑いの目を向ける。


「……どうだか。必要なものが揃えば、俺も用無しとして切り捨てる気がするな」


 そして、さらっと言った。


「異邦人たちが、打ち出の小づちのある場所を見つけた」

「何!? それは、どこに!?」


 桃之介の目の色が変わる。銀髪の男は、無表情に続ける。


「猿飼家が住む街だ。あの先にある神殿、異邦人が来るたび、そこに打ち出の小づちが出現するらしい。神殿に入るには、桃太郎、そしてそのお供の証明、そして三匹の鬼を『退治』した証が必要だ。俺が同行しているグループと、犬飼が同行しているグループ、それぞれの持っているものを合わせて突入するつもりらしい」


「二つのグループが共同で動くとは……。今までにないパターンだな」


 桃之介はあごを撫でる。そして、男に言った。


「よし。こちらの出せる駒をそちらに向かわせる。絶対に、打ち出の小づちを我々のものにするのだ」


 そう宣言する桃之介。銀髪の男はさっさと部屋を退出しようとする。去り際に、彼はぼそっと呟いた。


「……元々は、こちらの持ち物だ。返してもらう」


 しかし、その言葉は既に上機嫌の桃之介には聞こえてなどいなかった。






 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る