鬼の説得その三

 一行が外に出ると、大きな鬼が一匹、広場のど真ん中で座り込んでいた。そしてその周りを取り囲むように、いくつもの槍が迫っている。


「まって、とーちゃん、まって!」


 槍を持って鬼に迫っている街の人々のリーダー格らしき男のところへ、萌木が走っていく。


「萌木、危ないから下がっていなさい。ここは父さんが……」


 男が、明らかに狼狽えた声を出す。萌木は、桃華たちを振り返って言う。


「とーちゃんたちのことは、あたいに任せて。そっちは、その『説得』ってやつを試してみてくれっ」


 桃華は頷くと、鬼に近づく。鬼は、今まで出会ってきた鬼と違い、胸にも布を当てていた。


 桃華は、そっと鬼に近づくと確かめるように尋ねた。


「あの、違ったらごめんなさい。……あなたは、女性ですか」


 すると、鬼が大きく上下に首を振った。


「そう、そうなんです。朝、起きてみたらこんな姿に」

「それは、お気の毒に。……あなたはこの世界の住人ですか」


 桃華の問いに、鬼は考えるそぶりを見せる。


「桃から生まれたけど、残念ながら女だから桃太郎になれないって言われて、あっちこっちさまよってたら、いつの間にか、鬼なってたの。信じてっ」


 半ばヒステリック気味に叫ぶ鬼に、桃華は諭すように言う。


「大丈夫です、信じます。自分も、桃から生まれた人間です」


 すると、鬼から安堵のため息がもれた。桃華たちも緊張の糸を少しゆるめる。しかし、和やかな雰囲気は一瞬にして崩れる。


「あんたも桃から生まれたですって!? なんで男ってだけでそんなに優遇されるのよ!? 性別が違うだけじゃない! それなのに、なんでこっちは追われる身でそっちは、追う側になってるのよ! どうせ私を殺す気なんでしょ!」


 鬼が興奮しているのを見て、明らかに、槍を構えている街の人々にも戦慄が走る。


「殺したりしません、絶対に。だから、話を聞いてください」

「うるさいっ。男のあんたに何が分かるって言うのよっ」


 鬼は、大きな腕を振り回して桃華に襲い掛かろうとした。その時桃華は、自分の体がふわっと浮き上がるのを感じとる。


 次の瞬間、大きな音がしたかと思うと、先ほどまで桃華が立っていた場所に、大きな穴が空いていた。桃華はその様子を空中で見下ろす。そして自分を抱え上げた相手を見た。そこには、大地の顔が間近にある。彼が人間とは思えない脚力で、桃華を腕に抱きかかえて、飛び上がっていたのだ。


「……おたくねぇ、もう少しちゃんと下準備してから飛び込んでくれますかね? いくら元が人間だったとしても、今あの人は、鬼なんですわ。すべてのパラメーターが人の状態を超えている。あんなの食らったら、一瞬でお陀仏だぜ」


 呆れた声で言う大地の腕に、桃華はしがみついていた。


「わわ、私、高所恐怖症なんですよっ」

「えー。……まずは、助けてくれてありがとう、とかからじゃないんですかねぇ」


 大地が大きなため息をつき、地面に着地する。そしてそっと桃華を地面に下ろす。その間にも、鬼が距離をこちらに詰めてきていた。大地は桃華を守るように半歩前に出る。そして両手を広げた。そこには、すべての指の間に鳥の羽のようなものが挟み込まれている。


「……んー、オレ、正面切って戦うタイプじゃねーんだけどなぁ……」


 大地がそう呟くように言った時だった。急に鬼の動きがぴたりと止まった。そして白目をむいたと思ったら、前のめりにどすんと倒れたのである。


 何が起きたかよく分からず、桃華と大地は顔を見合わせた。鬼が倒れたことで土煙が上がり、一瞬何も見えなくなる。土ぼこりが晴れたとき、鬼の隣には鞘を剣のように構えた直季が立っていた。彼は、にっと笑うと桃華たちに言う。


「安心してください。峰打ちです」

「俺がそう指示を出したんだぞ、ちび男! お前が鬼を殺したくないなんて言うから、仕方なくそうしてやったんだっ」


 直季の後ろから、腰に手をあて偉そうに叫んでいるのは、紅太だった。その後ろから、虚空が猫背のまま走ってきて、おどおどしながら言う。


「ああ、ちゃんと『退治』しないと駄目です、紅太さん」

「俺がそうするって決めたんだ。何か、文句があるのか」


 ぎろっと、虚空をにらむ紅太。にらまれて、虚空はますます猫背になって体を縮める。


「いえ、滅相もございません」

「それでいい」


 紅太は言うと、鬼に向かって言った。


「ほれ、『まいった』って言え。そしたら、これから悪さをしないって誓うなら許してやる」

「……まいりました……」


 鬼がそう言った瞬間、鬼の角が光り、紅太が持っていた旗に光が吸い込まれた。桃華と大地は、紅太の持っていた旗の持ち手を覗き込む。そこには、三つの光る石が並んでいた。


「三つ揃った! ちび男より先に三つ揃えた!」


 スーツ姿の青年が飛び跳ねて喜ぶ姿は、なかなか見られるものではない。紅太の喜ぶ様子を、桃華、大地、直季は静かに見守る。


 ひとしきり喜んだあとで、紅太は恥ずかしそうにうつむいた。そんな彼に、桃華は静かにお礼を言った。


「桃津さん、ありがとうございました。あなたが犬飼さんに指示を出してくれていなかったら、自分たちはやられていました。犬飼さんも、ありがとうございます」


 紅太と直季は顔を見合わせた。直季はすぐにはにかんだような笑みを浮かべた。


「いえいえ、当然のことをしたまでですよ」


 そして、紅太に向かって言う。


「ほら、紅太。お礼を言ってもらったら、なんて言うんですか」

「……お礼を言われる筋合いはないっ!」


 そう言って背を向ける紅太。しかし、桃華に背を向けたままで言った。


「……同じ境遇の人間が困ってるのに、放っておけるほど、俺は強くないんだ。どういたしましてだ! 感謝しやがれこの野郎!」


 そんな照れたような言葉に、桃華と大地、そして直季はしばらく笑いが止まらなかった。その間に、萌木と萌木の父親らしき人、そして街の人々が鬼を連れて行った。そして、蒼真も合流する。


 ひとしきり笑い続けた後、桃華は直季と紅太に向かって言った。


「そうだ、お礼と言っては何ですが。三つ石が貯まった旗を持ってこの先の神殿に行くと、元の世界に帰るために必要な打ち出の小づちが見つかるそうなんです。ご一緒させて頂けませんか」


 桃華の言葉に、紅太は驚いた表情を浮かべたが、すぐに不機嫌に言う。


「お前たちと一緒に行って、俺たちに何の得があるんだ」

「どうやら、神殿の中に入るためには、旗のほかにかつての桃太郎のお供の証も必要だそうで……」

「お供の証……、つまりアレか、自分の役割が書いてある玉!」


 紅太の言葉に、桃華がおそらく、と頷く。


「だとすると、俺の仲間には雉がいないのか……」


 紅太が悔しそうに言う。すると、大地が自分の持っていた玉をヒラヒラ振る。


「オレが、雉の役割の玉を持ってる。オレを連れて行きたいんなら、オレの愉快な仲間たちも一緒だ。そうじゃなきゃ、オレはついて行ってやらねぇぜ。他をあたるとすると、どのくらいの時間が余分にかかるだろうなぁ?」


 大地が勝ち誇ったように言う。紅太はがっくり肩を落とす。そんな彼の肩をぽんと叩き、犬飼が言った。


「仲間が多い方が、安心じゃありませんか」


 紅太は渋々と言った様子で頷く。そして、桃華に向かって叫ぶ。


「俺がリーダーだからなちび男! 俺の指示には従えよ! 絶対だぞ!」

「わかりました、リーダー!」


 桃華が調子よく、片手をピーンと伸ばす。そこへ、萌木の父親がやってきて、言った。


「鬼を鎮めて下さり、感謝します。今夜は、ぜひうちに泊まって行ってください」

「もちろん、そうさせてもらいますともっ」


 紅太はそう言うとさっさと歩き出した。











 

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