新たな街へ

 明朝、桃華たちは図書館があるという街へ向けて出発した。


「眠い……。朝は苦手だよ」


 桃華が目をこすりながらとことこと歩く。身長の低い彼女は、他の二人の倍の歩数で、彼らの歩幅と同じ距離を進む。


「図書館がある街、結構大きな商業都市ってウワサなんだわ。情報も集まるでしょ」

「ついでに、仲間も見つかるかもな」


 蒼真の言葉に、大地がそういえば、と言う。


「桃太郎の話通りなら、サルを仲間にしなきゃいけないもんな。ただもうすでに、結構桃太郎の物語とは話がずれちまってるが」

「桃太郎伝説について詳しく調べられれば、このことについても何か分かるかもしれないけどね」


 桃華の言葉に、大地も頷く。


「そもそも、どうすれば現代の日本に戻ることができるかも、現状不明だもんな。鬼退治をすれば元の世界に帰れるのか、どうなのかもわからなきゃ、動きようがねぇ」


「とりあえず、出会った鬼さんを説得はしてるけど、それが正しいのも分からないもんね」


「……それに、鬼の様子が気になる」


 蒼真が腕組みをしながら神妙な面持ちで言う。


「昨日出会った鬼は少なくとも、元々は人間だと言っていた。本人の言う事が正しいのなら、なぜ鬼になったのか原因を突き止める必要があるんじゃないか」

「そうだね。あの鬼さんにも約束しちゃったし」


 桃華はそう答えながら、蒼真を見る。彼もまた、鬼という役割を与えた人間だ。昨日であった鬼のことを他人事と思えないに違いないと思った。


 もし蒼真も昨日出会った鬼のような姿になってしまったら。そう考えると桃華は身震いする。ただ、ともう一つ思ったことを口にする。


「でも、鬼さんときちんと会話できて意思疎通ができたのが驚きだよね」

「確かに、それは言えてるな」


 蒼真が頷く。桃華の頭の中では、なぜか鬼とは会話ができてないと思い込んでいた。しかし、実際は違った。


「……ただ『桃太郎』の話の中でも、鬼が、まいりましたって言うからな」

「そっか、そういうシーンあったね」


 蒼真の言葉に桃華は納得した。本当にまいりましたと鬼が言ったのならそれは、桃太郎に通じる言葉で鬼が語ったことになり、桃太郎と鬼は会話していたことになる。


「結局、何が正しくて何が間違っているのかなんて、よく分からないのかも」


 桃華がそう呟くように言ったとき。街の入り口が見えて来た。


「そういや、今日の宿はどうする? 野宿か? オレはそれでもかまわねぇけど」


 大地の言葉に、桃華はどんと自分の胸をたたく。


「そんなこともあろうかと、おかみさんにちゃんと紹介状書いてもらっておいた。この街の宿屋のおかみさんと知り合いなんだって」


「……なるほど、野宿が嫌だったんだな」


 蒼真が苦笑いする。桃華はムキになって言い返す。


「そりゃ、できれば避けたいよ。危ないからね」

「危ないからだけか」


 蒼真の言葉に、桃華はごにょごにょと言い訳をする。大地は笑って言った。


「ま、野宿はしないに越したことはないでしょ。できることなら、あたたかい布団で眠れる方が、幸せだって誰でも思うはずですからねぇ」


 桃華は酒場のおかみさんからもらった街の案内図を広げる。


「街の入り口がここだから……。うん、酒場はすぐそこだよ」

「またどんちゃん騒ぎの酒場の上の宿スペースか」


 蒼真が頭を抱える。桃華は言った。


「文句言わない。泊まれるだけありがたいって思わなくちゃ」


 そうこうしているうちに、酒場に着いた。入り口では、何やらもめごとが起きているように見える。


「ん? なんだろ」


 桃華が寄っていくと、見た顔が口喧嘩をしていた。


「だぁ~かぁ~らぁ~! 俺は桃太郎になる男、桃津紅太だぞ! 鬼塚家に仕えていて、鬼塚の姓を名乗ることを許されたすごい男だぞ! そんな男を宿泊させられるなんて、光栄だと思わないのか」

「思わないねぇ、他をあたってくれ。こっちは商売なんだよ」


 酒場のおかみさんらしき女性と言い争っていたのは、以前酒場で問題を起こしていた男だった。桃華たちは遠くでそのやりとりを眺める。


「あの人、桃津紅太って名前だったんだ」

「……ああ、そうだ」


 蒼真がうんざりした顔で言う。


「そういえば、蒼真さんは彼の顔見知りだって言ってたね」


 桃華が思い出したように言う。すると、蒼真はため息をついて言った。


「会社の上司だ」

「わぉ。なるほど、上下関係で行けば、おたくの方が格下ってワケだ」

「格下っていうな」


 大地のからかうような言葉に、蒼真がむすっと言い返す。


「でも、こっちの世界ではあんたの方がうまく立ち回ってるんじゃない? 向こうは宿なし、こっちは宿ありだ」


 大地が言うと、桃華が笑う。


「ま、おかみさん次第だから、あくまで宿あり予定、だけどね」

「宿に泊まれる予定なんですか、うらやましい限りです」


 突然後ろから声をかけられて、一行は振り向く。そこには黒いスーツに身を包んだ青年が一人立っていた。


「驚かせてしまいましたね。わたくし、犬飼直季と申します。紅太の当面の世話係を務めております、以後お見知りおきを」


 深々と頭を下げる直季。桃華は、その礼儀正しさについ、自分も名乗ってしまう。


「自分は、木崎桃太郎といいます。こちらは、連れの天鬼蒼真と、雉飼大地です」


 桃華の言葉に、蒼真と大地がそれぞれ軽く直季に会釈する。その時桃華は気づいた。直季が、大地に注視していることに。


「しかしあれでは、おかみさんや他のお客様にご迷惑がかかりますね。名残惜しいですが、失礼いたします。彼を止めなければ」


 直季は一行に会釈し、直季は紅太とおかみさんのところへと歩いて行く。その際にも何度か、大地のことを振り返っていたのが桃華には気になった。


 大地の方に目を向けると、彼もまた直季の方を見ていた。桃華がそっと尋ねる。


「知り合い?」

「……いや。まったく見ず知らずの他人ですわ」


 大地はそう言うと、直季から目をそらした。桃華はそんな彼の様子が少しだけ、引っかかった。



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