桃華の気持ちと大地の気持ち

 桃華は仕事が遅かった。効率が悪かった。自分でも効率が悪いとはなんとなく理解していた。しかし、上司は効率が悪いと責めるだけで、いいやり方を教えてくれたりはしなかった。


 新しい仕事を任されて質問をすると、自分で考えろと言われる。でも自分で考えてやってみたらいつも失敗でなぜ聞いてから実行しなかったのかと責められる。結果、自己嫌悪に陥っていく。それでも、桃華は人を信じたいと思った。


 それが彼女の人嫌いに拍車をかけた。人を信じたいと願えば願うほど人に裏切られた。その記憶がよみがえり、桃華は唇をかむ。


「人に嫌われても、認めてもらえなくても。人を信じていたいんです。だから、見ず知らずのあなたのことも信じたいし、助けたいと思うんです。それはきっといつか、自分の願いに通じるから」


 桃華はそう言って、鬼を真剣に見つめた。


「必ず、元の姿に戻す方法を探します。だから、絶対に人の道を外れないでください」


 そう言って、近くまで村人たちと歩いてきていた村長に言った。


「この人のこと、守ってあげてください。お互いに助け合って生きてください」

「承知した。気を付けて帰るのじゃぞ」


 長老に頭を下げると、桃華は大地と蒼真に言った。


「二人とも、酒場に帰ろう」


 二人は黙って頷いた。その時、鬼が桃華に向かって言う。


「ありがとう。あんたのこと信じて、ここで待ってるよ」


 桃華は頷いた。そして以前と同じように日本一と書かれた旗を鬼に向けて宣言する。


「この鬼は我、木崎桃太郎が『説得』した。今後この鬼は、この村の番人として、村の守り手となるだろう」


 桃華が言い終わると同時に鬼の角が光り、その光の一部が旗に吸い込まれた。一行は鬼と村の人々に見送られて、村を後にした。


――


 夜。酒場の二階の宿屋スペース。そこに一行は戻ってきた。蒼真は早々に部屋に引き上げていったが、桃華と大地は酒を飲んでいる。


「そう言えば、ちゃんと聞いたことがなかったな。おたく、現代の日本に戻ったら、何をしたいんだ」

「え」


 桃華が突然の問いに驚いていると大地は、事もなさそうに言う。


「おたく、帰りたいんだろ? 帰りたいと願うなら、それだけの理由があるだろうと思ってな」

「帰りたいって思ってるって、分かるんだ……」


 桃華の言葉に、大地はお酒の入ったグラスを眺めながら答える。


「そうねぇ。ま、帰りたくなかったら、ここまで頑張らないと思うんだわ、オレ」

「大地さんの言う通り、帰りたいです」


 桃華はそう前置いて、言葉を続ける。


「向こうの世界での最後の記憶。そこで、自分が後悔しかなかった。ああ、いい人生だったな、じゃなくて、なぜこれをやっておかなかったんだろう、とかそればっかりが頭に浮かんだ」


 大地は黙って桃華の話を聞いている。


「その中でも一番強く思ったのは、なぜ自分を辛い場所においてまで、やりたいことをやらなかったんだろうって想い。仕事を変えたってどうせ、自分なんて役に立たない。そう思ってたけど、それより前に、自分のやりたいことすらできてなかった」


 仕事に明け暮れすぎて、自分の好きなことにかける時間がなくなった。自分の好きなこともできずに、ただ仕事をして幕を閉じるのが限りなく悔しいと、あの時の彼女は思ったのだ。


「だから、今度は自分のやりたいことをやる。本当にやりたかったこと、小説を書いていくってことを全力でやってみたいの」


 桃華の言葉に、大地はふっと笑う。


「そんなおたくが、素直にうらやましいと思うよ」

「え」


 大地は、窓の外を見やりながら話し始める。


「オレ、やりたいことが何なのか、イマイチ見えないんだ。だから、やりたいことが見えてて、それに向かって頑張ろうとするおたくが、すごく眩しい。でもあんたの支えになっていれば、いつかオレにもやりたいことが見つかるような、そんな気がする」


 だから、と大地は酒を飲み干して言った。


「だから、絶対に元の世界に帰れよ。帰って、やりたいこと、達成しろよ」

「その時は、大地さんも、蒼真さんも一緒です」


 桃華が言うと、大地は眼鏡の奥で目を細めて笑った。


「そうだな、きっと。……そうなればいいな」


 こうして夜は更けていった。




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