酒場のおかみさん

 桃華は、紅太たちと入れ替わりに酒場のおかみさんに声をかけようとする。紅太と直季とすれ違いざま、桃華は直季に声をかけた。


「あの、もしうまく行けば、あなた方も泊めてあげることができるかもしれません。少しだけ、ここで待っていてくれませんか」


「笑わせる。俺で話が通じなかったんだ、うまく行くわけねぇだろ。……ってか、お前! この前俺に恥をかかせたチビじゃねーか! 誰がお前の世話なんかになるかよっ」


 紅太がかっとなって言う。


「まぁまぁ紅太。……人の好意をそう無下にしてはいけません」


 直季はそう紅太に諭すように言うと、桃華に向き直る。


「お心遣い、感謝いたします。それでは、お言葉に甘えてここで待たせて頂きます」


 桃華は頷くと、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く紅太のわきを通り過ぎて、おかみさんに走り寄る。


「あの、すみません。隣の街のおかみさんに大変お世話になった者なのですが。おかみさんから、街に行くならここに泊まらせてもらえと紹介して頂きまして……」


 そう言って、おかみさんに持たせてもらった手紙を差し出す。おかみさんは、疑いの目を向けながらゆっくりと手紙を受け取る。


 手紙の内容を追うおかみさんの表情が徐々に変わってくる。おかみさんは、腰に手を当てると、鼻で笑う。


「仕方がない。ほかならぬ隣の街のおかみさんの頼みだ。泊めてやるよ」

「本当ですか」

「その代わり、きっちり働いてもらうからね。あんたには食器を綺麗にしてもらう」

「あ、やっぱりおかみさんも、そこ、気になるんですね……」


 桃華が苦笑する。そして、紅太と直季の方を指して言う。


「あの、あの人たちも泊めてあげてくれませんか。もちろん雑用など頼んで頂いて構わないので」

「あんた、お人よしだね。それで痛い目にあったこと、ないのかい」


 おかみさんの言葉に、桃華は頷く。


「たくさん、あります。でも元々の性格は変えられませんので」


 桃華の言葉に、おかみさんは大きくためいきをつく。


「いいよ、仕事ならいくらでもあるさね」

「やった! おかみさん、ありがとうございますっ」


 桃華は言うが早いが、直季たちのところへ走り寄った。


「泊めて下さるそうです。その代わり、雑用などの仕事はちゃんとやってくださいね」


 桃華の言葉に、直季は深々と頭を下げる。


「ありがたい。……この恩は、いつか必ず」

「そんな大げさなことしてませんから」


 桃華が顔の前で片手をヒラヒラ振りながら笑う。直季は紅太の頭を片手で押さえて、頭を下げさせる。


「ほら、紅太もお礼を言わないと」

「いやだねっ! ぜーったいに言わねぇ!」


 紅太は直季の手から無理矢理逃れると、桃華に向かって舌を出す。


「お前が勝手にしたことだ。俺は一言も頼んでねぇ! ぜーったい、お礼なんて言わねぇからなっ」


 すると、桃華は当たり前のように頷いた。


「うん、かまない。だって、あなたにお礼を言われるために、こっちもやったわけじゃないから」


 それを聞いて、紅太は一瞬固まった。そして、もう一度舌を出すと、さっさと宿屋の方へと走っていった。直季はその背中を見送りながら、桃華の傍らに立つ。


「申し訳ないです。根は、悪いヤツじゃないと思うんですけどね……」


 そう言って、彼もまた紅太を追いかけて建物の中へと消えた。蒼真がひどく不思議そうな顔で、桃華を覗き込んで言う。


「……慣れてるな。俺は、ああいうタイプが苦手なんだが」

「うーん、なんだろ。……子どもみたいじゃない? 単純なんだよ、いい意味で」


 桃華はそう言うと、歩き出す。


「なるほどねぇ、子どもか。納得、納得」


 大地は言うと、桃華の後ろをついていく。蒼真は考え込む。


「子ども……か。そんな風に、考えたこともなかったな……」

「蒼真さん、荷物置いたら図書館に出発するよ。早く早くっ」


 桃華に促され、蒼真は二人のところへ急ぎ足で向かった。


 



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