神殿内部へ

 一行は、ゆっくりと神殿の内部に進む。内部には、中央に台座があるだけでそれ以外には、何もなかった。一行は、周りを警戒しながら台座の前まで進む。


 台座は、いかにも日本一の旗をはめられそうな形をしていた。紅太は、自分の持っていた日本一の旗をそっと台座の上に置く。すると、台座がずるずると、下に沈み始める。


「あ、俺の日本一の旗が」


 紅太が思わず手を伸ばそうとするのを、桃華が止める。


「台座から離してしまったら、打ち出の小づちが回収できなくなってしまいます。きっと、旗の代わりに、打ち出の小づちが出てくる仕組みなんでしょう」


 桃華の言葉に、紅太は名残惜しそうに旗を見つめていた。旗が完全に見えなくなると、全く別の台座が出てくる。そこには、金色の小づちがのっていた。


「これが……、打ち出の小づちか……?」


 紅太が打ち出の小づちを手に取ろうと近づく。その時だった。


「危ないっ、紅太っ」


 直季が叫ぶと、紅太の体を自分の方へ引き寄せた。紅太が立っていた場所に、一本の矢が突き刺さる。


「なっ……」

「それは、こちらで貰い受けよう」


 そこに立っていたのは、桃乃介だった。後ろには、幾人もの部下たちを従えている。直季は、その様子を見て動揺する。


「誰からここの情報を……」

「情報提供者など、特に知らせる必要はないだろう。お前たちがここに来て、そしてわたしたちがここにいる。それだけの話だ」


 桃乃介はそれだけ冷たく言い放つと、じりじりと部下たちと共に迫ってくる。


「大人しく打ち出の小づちを渡せば、命だけは取らないでおいてやる。さっさとこちらによこせ」


 桃乃介の言葉に、紅太が大声で言い返す。


「嫌だね! 俺たちはこの打ち出の小づちがないと元の世界に帰れないんだ。俺たちが元の世界に戻ってから、好きに使えばいいだろっ」

「そうはいかない。打ち出の小づちを持ったまま、向こうの世界に戻ってしまう可能性があるからな」


 桃乃介が薄笑いを浮かべる。紅太は、ちっと舌打ちをする。


「最初から、俺たちを利用して打ち出の小づちを見つけ次第、俺たちを捨ておくつもりだったんだな!」

「ここは戦場だ。使えるものはうまく利用しなければ、生き残れない」


 桃乃介が落ち着いた声で言う。そして、直季、大地に向かって言った。


「犬飼、雉飼。お前たちも、怪我をしたくなかったらさっさとこちら側に回れ」

「え……? 犬飼……、お前、俺を裏切る気か……?」

「すみません、紅太。……こうするしかないのです」


 犬飼が、紅太に申し訳なさそうな目を向けると、彼の脇を通り過ぎて桃乃介の隣に並ぶ。紅太が悲痛な声を上げる。


「お前っ! お前は、最初からそうするつもりだったんだな……! やっぱりっ」


 その言葉を聞いて、直季は少しだけ悲しそうに微笑んだ。


「……ちゃんと僕がわたした本、読んでくれたんですね」

「お前がくれたから、何か意味があるんだと思った。明らかに子ども向けの本だったけどなっ!」


 紅太は言った。そして、声を荒げる。


「お前が、桃太郎と鬼退治をした犬の息子で、そして現代の日本に行きたいがために現代の日本から来たと俺に嘘をついたことは、それで知ってる。でも、お前が打ち出の小づちを手に入れるために、俺を見捨てて鬼塚家につくとは聞いてないっ」


「……そうですね」


 小さな声で直季が言った。桃華はそのやり取りを見て、大地から渡された本を読んだとの自分の気持ちを思い出す。


 桃華もまた、大地から渡された本で、彼が現代の日本の住人ではないことを知った。そして、現代の日本に行きたいがために、自分に嘘をついて仲間となり、行動を共にしていたことを理解した。


 最初それを知ったとき、桃華はショックを受け、大地をもう信用できないと思った。でも、彼女が本を読む前に大地が彼女に告げた言葉が、頭から離れなかった。

 

『……そこには、オレや直季にとって不利益な情報、本当は知ってほしくない情報が載ってるのさ。でも、オレは結局おたくにそれを渡した。それは一重に、おたくに信じてほしいって思ったからだ。それだけは、忘れないでほしい』


 大地は、桃華に本を渡さないという選択肢もあった。そして渡さないことで、桃華がこの真実を知らず、大地と一緒に過ごすという未来もあったはずだった。


 しかし、大地はその選択肢を捨て、桃華に真実が記された『桃太郎』の本を手渡した。それは真実を知っても自分を信じてほしいと彼が思ったからだと桃華は理解している。ただ、頭ではそれを理解していても、どうしても彼と距離をとろうとしてしまう彼女がいた。大地も、それに気づいたのか桃華に気を遣って今日は一度も話しかけてこなかった。


 大地もまた、彼女に真実を突き付けておいて、鬼塚家に味方するのだろうか。桃華はそう思って、不安げな表情を彼に向けた。大地は、そっと桃華に寄り添うと耳元で聞こえるか聞こえないかくらいの声で言った。


「……計算が狂った。これですぐ、ここから避難しろ」


 そう言うが早いが、桃華の頭から何か布を覆いかぶせた。布をかぶっているのに、視界は、何もかぶっていないかのようにクリアだった。桃華が戸惑っていると、大地の手元に小さなメモが握られている。その文字を桃華は読み込む。


「それは、前にお前がオレにくれた透明になれる隠れ蓑だ。援護するから逃げろ」


 その時、大きな爆発音が響き渡る。全員が驚いて打ち出の小づちのある台座を振り返った。台座は、見るも無残に砕け散っている。


 そして、その傍らには、猿石虚空が打ち出の小づちを片手に立っていた。

 

 




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