鬼の説得

 鬼は、突然目の前に現れた人間に目を止め立ち止まった。鬼の巨体を目の前にした桃華は、さすがに恐ろしくなる。しかし、ここまで来た以上後には引けない。彼女は現代の日本で見てきたものを総動員して、きっと鬼を見上げて声を張り上げた。


「やぁやぁ我こそは、現代の日本の住人、木崎桃太郎なり。此度は、そちらの力となるべく、やってきた」


 鬼は、怪訝そうな顔をした。そして、ゆっくりと言葉をつむぐ。


「こちらの……、力に……?」


 それを聞いて、大地の声が耳に届く。


『どうやら、こちらの言葉が通じるみたいだな。悪い、もうちょっと情報を聞き出してくれるか』


 桃華は大地の方を振り返る。彼は、木の上から他の住人たちに何やら指示を出している様子だった。桃華は、言葉を続ける。


「退治するつもりは、ない。なぜここへ来た?」

「にげて、きた……」

「逃げてきた……?」


 桃華が首をひねると、鬼は言葉を続ける。


「おにづか、おにづかのおにがりが、きた」


 その名前に、桃華は聞き覚えがあった。鬼塚。桃から生まれた男が仕えるという鬼塚家。先ほど酒場で出会った桃から生まれた男が姓を名乗ることを許されたという、鬼塚。この鬼は、それが来たから逃げたという。


「おねがい、だ。たいじ、しないで……」


 鬼の言葉に、桃華は自然と頷いていた。


「しません。安心してください」


 すると、鬼は急に力が抜けたようにその場に座り込んだ。座った鬼の顔の高さと、桃華の背の高さは同じくらいで、ちょうど二人の視線が合う。


「話を聞いてくれたにんげん、お前が、はじめて」

「あなたは、人間を襲ったことはありますか」


 桃華が遠慮がちに尋ねる。すると、鬼はゆっくりと首を横に振った。


「ない。……でも、向こうから、おそってくる。だから、にげるため、おしのけたりは、した」


 すまなさそうな顔をする鬼に、桃華は小さくほほえむ。


「それくらいならきっと、正当防衛の範囲内でしょう。こちらが襲わなければ、そちらも襲ったりしない。そういうことでいいですよね」


 桃華が聞くと、鬼は頷く。


「鬼さんにはこの街の番人になってもらいましょう。きっと鬼さんが味方にいてくれるなら、この街は安泰だと思うんです」


 桃華の提案に、大地の返答が返ってくる。


『そういうことなら、住人の説得はこっちに任せな。今日来てる連中は、街の中でも発言力があるやつらだ。交渉その他の裏方仕事なら、オレの得意業務なんでね』


「……本当に、鬼を仲間にする気か?」


 蒼真が桃華の隣に並ぶ。桃華は、即答する。


「言いましたよね。私は、よく知りもしない相手を、ただ悪だからという理由で排除することはできません。それが、私の考え方です」


 桃華の言葉に、蒼真は黙る。桃華は鬼に向かって、持っていた日本一の旗を振りかざす。びくっとして目をつぶる鬼。


 鬼の頭上で旗を止めると、桃華は宣言した。


「この鬼は我、木崎桃太郎が『説得』した。今後この鬼は、この街の番人として、この街の守り手となるだろう」


 すると、鬼の角が光り、その光の一部が旗に吸い込まれた。それと同時に、一つのイメージが桃華の中に流れ込んでくる。


 ベッドに大の字になっているスーツ姿の男。ひどく疲れた表情で呟く。


『俺、何のために生きてるのかな? 働いて、寝て、働いて。それの繰り返し。誰からも必要とされてない、誰でも代わりの務まる仕事。……あーあ、別の世界に生まれ変わりてぇ。でも、生まれ変わったところで、無駄だろうなぁ』


「オイ、桃太郎さんよ。大丈夫かい?」


 そう大地に呼びかけられて、桃華ははっとする。気がつくと鬼はおらず、辺りには蒼真と大地、桃華しかいなかった。


「住人の説得が完了して、鬼は街の守護の役割につくことになった。幸い、意志疎通もできるから、問題なく任務についてもらえるだろうってさ」


 そう言って大地は、桃華の肩を軽くたたく。


「これで必要最低限の生活は、保証されるだろうよ」

「よかった……」


 桃華が安堵のため息をつく。大地は、眼鏡を押し上げた。


「……しっかしおたく、面白いねぇ。ますます興味がわいてきましたよ、オレは」


 彼の眼鏡の奥で瞳が鋭く光った。


「そんなおたくらだから、素直に言いますよ。オレ、やりたいことがあるんだわ」

「やりたいこと」

「ああ。……どうやら、この世界には役割に応じた装備があるようなんですよねぇ。キジ専用装備、みたいな? で、オレはそのキジ専用装備の一つがどこにあるのかを知ってる。そいつを手に入れたいんですわ」


 大地は、大きく伸びをし、蒼真と桃華を見比べる。


「もちろん、おたくらの専用装備のある場所が分かれば、こっちも協力させてもらいますよ。だから、旅は道連れってことで、どうかねぇ」

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