鬼ヶ島での決戦
一行は朝早く葵と福吉の家を出た。
「ああ、桃太郎を送り出した時のことを思いだすねぇ」
葵は声をにじませる。
「絶対に、死ぬんじゃないよ。アタシらの願いは、それだけさぁ」
「ええ、絶対に誰も死なせません」
桃華はそう言い切ると、出発した。
鬼ヶ島は、海に浮かんでいた。しかし、一本のつり橋がかけられている。桃華は、大地に聞く。
「罠かな」
「だろうな。でも、渡しかないだろ」
桃華はごくりと唾を飲み込み、先頭に立ち言った。
「罠かもしれない。全力で走り抜けるよっ!」
そう言うが早いが、走り始める。あと少しで橋を渡り切れるというところで、橋の向こう側に鬼の姿の蒼真が立っているのが見えた。彼は、橋のひもを切ろうとしていた。大地がさっと桃華の脇を通り過ぎ、橋の手すりに飛び上ると、その勢いで指にはさんだ羽根を投げつける。
蒼真がさっと後ろに飛び退く。その間に桃華が全力で橋を通過し、蒼真に体当たりする。
桃華と距離をとる蒼真。その間に、全員が橋を渡り終える。萌木は、桃華の後ろを通り過ぎながら言う。
「あたいたちは、虚空おじさんを探す。そっちは頼んだよっ」
「お願いします」
桃華の言葉に、萌木たちは走り去っていく。後には、蒼真と桃華、大地、鬼塚家の人間だけが残される。
蒼真は桃華の傍らにいる大地を見て、せせら笑った。
「お前、不死身か」
「あいにく、不死鳥ではないんですけどね」
笑い返す大地。そして彼は蒼真に言う。
「どうやらおたく、仲間に見放されちまったんじゃねーの。打ち出の小づちもなければ、鬼のお仲間も、猿に連れて行かれたか」
「仲間なら、ここにいるさ」
蒼真は指をぱちんと鳴らす。すると、後ろからわらわらと鬼が出てくる。桃華は、鬼塚家の人々に言う。
「それでは、手はず通りにお願いしますみなさん!」
「心得た」
桃之介の率いる人々が、刀を構える。蒼真は目を細める。
「鬼を『説得』するなんてきれいごと、やっぱり捨ててきたな」
「いえ、私は方針は一切変えていません」
桃華が言うと、鬼と鬼塚家の戦いが背後で始まる。それを見ていた蒼真は、徐々に大きく目を見開く。
鬼たちが次々と人間の姿に戻って行くのだ。大地は、言った。
「桃華は、お前ら全員を『説得』しに来たんだよ」
「これが桃太郎である私の、覚悟です」
桃華はそう言うと、鬼から人間の姿に戻り、戦意を喪失した人々に向かって叫ぶ。
「かつてこの世界の人間だったのに鬼になってしまった人たち、そして桃太郎になるべきものとしての資格を有してここに転移したものの、鬼になってしまった私の同志たち。私は、桃太郎となりました。この刀だったものが、その証明です」
桃華は、刀の持ち手を掲げてみせる。それは、昨日まで日本一の旗に収まっていた刀だった。桃華は昨夜、自分の軍勢全員分の武器を前にこの刀を振り、宣言したのだ。
「鬼を斬ることのできる刀よ、鬼を斬り、元の人間の姿に戻すのに力を貸して」
刀は、桃華の願いに応えた。桃華の刀の力を少しずつ得た桃華の軍勢の武器たちは、鬼を斬ることで彼らを元の姿に戻す力を手に入れたのだ。
「現代から来た桃太郎候補者のみなさん。元の世界へ帰りましょう。そのためには、打ち出の小づちが必要です。どうか、手を貸してください」
桃華の言葉に、鬼だった者たちが賛同し始める。桃華は蒼真に向き直ると言った。
「あとは、あなただけです、蒼真さん」
蒼真は、小さく息づいた。
「鬼にすら見捨てられるとはな……」
「あなたは、鬼でもあり、人間でもあります。そして桃太郎も鬼も、元々は現代の日本の人間。であれば、あなたも本来あるべき場所に帰ればいいんです」
「本来、あるべき場所」
蒼真が首をひねる。紅太が言った。
「認めたくはないけどさ、お前、すごいよ。現代の日本でのお前の働きっぷりは俺がよく知ってる。俺の雑用もいつだって完璧にこなしてくれた。文句の一つも言わずにだ」
紅太は言葉を続ける。
「俺の部下になるやつは、大概一年以内に退職してたんだけど、お前が入社してきてくれたあとは誰も辞めなくなった。それはお前がうまいこと部下たちとコミュニケーションをとってくれていたおかげだ。感謝してる、ありがとう」
蒼真が一瞬警戒を解いたのを、桃華は見逃さなかった。桃華は刀を握りしめて、蒼真に向かって飛び込む。蒼真は、逃げなかった。
桃華の刀は、蒼真のわき腹をかすめる。すると、蒼真の体が徐々に縮み始め、最終的には完全に人間の姿になる。
蒼真は、大きなため息をついて言う。
「……まいった」
そのとたん、蒼真から光が一つ飛び出て、桃華の旗に吸い込まれた。三つの石が揃った旗は光に包まれ、そして金色の小づちが現れた。
「え……。打ち出の小づち出て来た」
桃華がつんつんと小づちを触る。それからゆっくりと持ち上げた。そして、そのまま蒼真に差し出す。
「……何のつもりだ」
「もともと、打ち出の小づちは鬼の持ち物だから。なぜ初代桃太郎と鬼がいがみあってしまったのかは分からない。だけど、人のものを盗んだのは、間違いだと思う。だから今、あなたに返す」
「……」
蒼真は無言で小づちをうけとると、一つ振った。すると、手元にもう一つの小づちが現れる。
「打ち出の小づちが二つ……」
桃華がつぶやくように言う。蒼真は、口の端を釣り上げて笑う。
「これは、猿石が持っていた小づちだ。ここに呼び寄せた。小づち同士は共鳴して呼び寄せ合うと母親から聞いたことがあってな」
ほどなくして、萌木たちが虚空を連れてやってきた。
「虚空おじさんの身柄はこっちで預かるよ。悪いようにはしないから、安心して」
萌木が明るい声で言う。萌木の父が言う。
「元々こいつは、プライドの高いヤツでね。俺が鬼退治に行ってチヤホヤされたのがどうも気に食わなかったらしい」
まったく、と肩をすくめながら萌木の父は虚空を引きずって帰っていく。
「……さて」
蒼真は手元の小づちを眺めながら言う。
「これらをどうしたものか」
「とりあえず、約束通り一つは、桃之介さんにあげないとね」
桃華が言うと、蒼真は嫌そうな顔をしながらも、ぶっきらぼうに小づちの一つを差し出した。
「いいのか」
桃之介が確かめるように蒼真を見つめる。蒼真は、一言だけ言った。
「……一つだけ約束しろ。間違った使い方をせず、そして私利私欲ではなく、人のために使うと」
「分かった。……色々と、すまなかったな」
桃之介は、小さく言った。そして打ち出の小づちを預かると、人々を見渡して言った。
「鬼だった者たちの中で、帰る場所のない者、仕事のないものがいれば申し出よ。すべて、鬼塚家で召し抱え、住み込みで働かせよう」
鬼に変えられてしまっていたこの世界の住人たちが、歓声を上げる。桃之介は自分の部下と、新たに部下となる人々を連れて、帰っていった。
それを見送っている最中、現代の日本から来て、鬼になってしまっていた人たちが光に包まれ、一人、また一人と消えていく。
「これは……、私たちも帰れるってことかな」
桃華がつぶやくように言う。蒼真が頷いた。
「そういうことになるだろうな」
桃華は蒼真の手を握った。そして反対の手で大地の手を握る。紅太は直季の手を握っている。桃華は、目を閉じて言った。
「現代の日本に帰れますように、みんな一緒に」
そして、五人も光に包まれる。後には、打ち出の小づちだけが残された。
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