雉の装備を探しに

森の一族

 次の日の朝。酒場のおかみさんは、桃華がいなくなることを非常に悲しんだ。


「大丈夫ですよ、また戻ってきますって」


 桃華が言うと、おかみさんは残念そうな声を上げる。


「アンタがいないと食器がまた汚くなっちまうよ」

「ああ、私の存在意義は、そこでしたか……」


 おかみさんの言葉を聞いて、桃華は少しだけ残念そうな顔をする。しかしすぐに笑顔に切り替える。


「それじゃ、行ってきます。帰ってくることがあれば、またよろしくお願いします」


 桃華はそう言うと、おかみさんに見送られ、蒼真と共に森に向けて歩き出した。蒼真は、歩き出しながら桃華に言う。


「……あの雉飼って男、先行してるんだろう。何か収穫があればいいがな」

「まだ会って間もありませんが、きっと何かいい知らせを持ってきてくれますよ」


 桃華はきっと、と言って足取り軽く森の入り口にやってきた。そこへ、木の上からさっと大地が降りてくる。


 桃華と蒼真が驚いて飛び退くと、大地は薄く笑う。


「驚かしちまったみたいで、申し訳ない。どうもオレは、影が薄いみたいでね」

「隠密行動ができるのは、すごいことです」


 桃華が言うと、大地はおどけてみせる。


「え? もしかして褒めてくれてます? それは素直にうれしいですわ」


 そう言ってから、真面目な顔になる。


「偵察の結果、道端にあったトラップは解除してきた。毒矢だとか、とらばさみだとか、目視しただけでも結構な数あってね。おたくらも木から木へと飛び移れたら、それが一番安全なんだが……」


 そう言いかけて、大地は口を閉じる。桃華も蒼真も無言で首を横に振っていたのだ。


「仕方ない、その方法は却下で。……オレは木の上から行く、おたくらは歩いて進んでくれ」


 それだけ言うと、大地は姿を消す。


「……まったく、言いたいことだけ言って」


 蒼真が不満げに木の上に向かって言う。桃華は、楽しそうだ。


「なんだか、忍者みたいですね」

「そんな楽しそうに言ってる場合か」


 蒼真は言うと、さっさと歩き出す。桃華はあわてて彼の後を追う。


「森の一族ってどんな人たちなんでしょう。精霊さんとかも、いらっしゃるんでしょうか」


 嬉々として話す桃華に、蒼真は呆れた顔をする。


「急にファンタジックだな……」


 その言葉を聞いて桃華が、しょんぼりする。


「すみません、変なこと言いました」


 桃華の頭の中で現代の会社での記憶がよみがえる。


『木崎さんって、おかしなこと言うよね』

『本の読みすぎなんじゃない? そんなこと、うまく行くわけないじゃない』


 何か意見を言えば、すぐにそんな言葉が返ってきた。だから、時を経るごとに意見を言おうとする口を閉ざすようになった。何か言えば、白い目で見られるのが分かっているから。それなら、いっそ黙って従っている方が楽だ。


 そしていつの間にか、彼女の頭の中から意見が生まれること自体が減ってしまった。すると今度は、意見を言えない人間としてレッテルを貼られる。あの時私はどうすればよかったのだろう。


 桃華が考え込んでいた時、イヤホン越しに声が届いた。


『あながち間違っちゃいないと思うけどな、オレは』


 その声で桃華は顔を上げ、大地の声に耳を傾ける。


『森の一族は、森と共に生きる生き物全てともいえる。その中には当然、オレたちの目には見えないものたちもいるだろう。そこにファンタジーだのなんだのというくくりを持ち出すこと自体、お門違いだと思うけどねぇ』


 大地の言葉で、桃華は少しだけ気持ちが軽くなった。桃華は蒼真に向かって言う。


「でも以前、木が動いたのを見たじゃないですか。あれ、木に精霊がいるからじゃないんですか」

「……」


 蒼真は、言われてみればという顔をする。


「私たちが生きている世界では普通じゃないことも、ここでは起きるかもしれない。そう思っておいて損はないですよ、きっと」


 桃華は言いながら、歩き続ける。その彼女の視線の先に、煙が上がっていた。


「もしかして、村か何かがあるんでしょうか」


 桃華が言って、煙の上がっている方に走り出す。


「まったく、どいつもこいつも自分勝手だな……!」


 蒼真は言いながら、桃華を追いかける。しばらく走ると、桃華が立ち止っていた。蒼真がその傍らに並ぶ。


 そこには、小さな村があった。村の中心には大きな石碑が立っている。桃華がそっと石碑の方へ歩き出した時、声が飛んできた。


「とまれ! 何者かっ」


 そこには、桃華たちに気づいた村人たちがこちらをにらんでいた。蒼真が桃華の前に飛び出すと、刀の柄に手をかける。桃華が鋭く叫んだ。


「天鬼さん、だめです。こちらが抵抗する気がないと伝えないと」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろう」


 蒼真が叫び返す。近くにいた村人たちが、口々に言う。


「こちらは数で勝っている。武器を持ってこい」

「武器になるモンがまったくねぇんだ。どうなってんだ!?」


 言い争う村人たちをよそに、イヤホンから声がした。


『よかった、あれで全部だったみたいだな。……村人に伝えてくれ。武器はこちらで既に隠した。返してほしいなら、話を聞けってな』


 桃華は頷くと、村人たちに声を向けた。


「私たちは、あなたたちと話がしたくて来ました。けれど、こうなることが分かっておりましたので、すでに武器になりそうなものは、隠させて頂きました。話を聞いて頂けるなら、武器はお返しします」


 桃華はそう言いつつ、大地の行動範囲の広さに感心するしかなかった。


「道すがらの罠をくぐり抜け、こちらの戦力を奪うその力、この村を訪れるにふさわしいお客人とお見受けした。歓迎しよう」


 村の人々をかきわけて現れたのは、一人の老人だった。老人の言葉を聞くと、村人たちはそれぞれ立ち去って行った。老人はにこやかにほほ笑むと言う。


「まぁ、ここではなんじゃから、わしの家に招待して進ぜよう」

「ありがとうございます」


 こうして桃華たちは、村の内部へと通された。

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