鬼塚邸にて。
真夜中。桃華たちが鬼を説得した森を抜けた先。大きな街のこれまた随分離れたところにある鬼塚邸にて。
真っ暗な部屋の中で、部屋の最奥にあるろうそくの光だけがゆらめいている。光に照らされて、一人の男の顔が浮かび上がる。暗い赤色の髪を長く伸ばした男は、ひどく不機嫌な顔で言う。
「新しい異邦人が来たという報告を受けた。それは、まことか?」
「そうみたいですねぇ。オレも、詳しくは知らないですが」
どこか他人行儀で、怠惰な声が響く。部屋の入口近くの柱。そこにもう一人男が立っていた。柱にもたれかかるようにして体を支え、腕組みをしている。
「とぼけるな。その異邦人とお前が接触していたとの報告を既に受けている」
赤髪の男が言葉を荒げた。すると、柱にもたれかかっている男は軽く眉をひそめる。
「……そこまで分かってるっていうなら、わざわざオレに確認する必要ないでしょ? あんたには、逐一情報を提供してくれる、忠実な部下がいるんだからさ」
皮肉っぽく言い置いて男は踵を返すと、その場を去ろうとする。その背中に、赤髪の男が冷たく言い放つ。
「……お前、自分の役割を分かっているんだろうな」
その言葉に、退出しかけていた男が立ち止まる。しかしそれは一瞬のことだった。歩き出しながら男は言う。
「……ご心配なく。心得ておりますとも、よーくね」
感情の読めない、短い言葉だった。そしてそのまま、扉を開けて出て行く。赤髪の男が一息つこうと思ったときだった。先ほど男が出て行ったのとは別の、赤髪の男がいる傍らの扉が乱暴に開かれ、スーツ姿の男が押し入ってくる。それは以前、桃華が酒場から追い払った男だった。彼は肩をいからせて、男の前までずかずかと歩いてくると、座っている男を見下ろして言った。
「おい、どういうことだよ鬼塚! 俺とは別の桃から生まれた男が街に来たぞ! これじゃあ、面目丸つぶれじゃねーかっ」
「落ち着け、
赤髪の男は、落ち着いた声で答える。そこへ、もう一人別の男が、慌てふためいた様子で部屋に入ってきた。そして赤髪の男に平謝りする。
「
「おい
スーツ姿の男……――、桃津紅太はぎゃんぎゃんともう一人の犬飼直季と名乗る男に言う。直季はそんな紅太には目もくれず、赤髪の男の前に膝をついて恭しく言う。
「桃津は、異邦人に名誉を傷つけられたそうでございます。ですから、気が立っておるのです。しばらくすれば収まるでしょうから、何卒ご勘弁を」
「なるほど、紅太より頭の回る男であったか。それは、仕方のないことだな」
赤髪の男はくつくつと笑うと、直季を見下ろす。
「それで、直季よ、その者どもは鬼退治をしたのか」
「いえ。鬼を退治せずして説得で済ませたそうです」
直季は面を下げたまま、答える。
「説得、とな。手ぬるい、実に手ぬるいわ」
赤髪の男は、立ち上がる。そして紅太と直季に言う。
「お前たちは、新たな異邦人をしっかり監視せよ。そのうち、こちらも顔を見せるとしよう。鬼を倒す鬼塚家の面目を保つため、協力するのだ」
「承知しました」
「報酬はたっぷりもらうからな、なんてったって、俺は桃太郎になる男だ」
直季と紅太がそれぞれ答える。それを見届けて、赤髪の男は部屋を去った。紅太は、直季に悪態をつく。
「くそう、偉そうにしやがって。いつか俺は、鬼塚家より偉くなってやる」
「はいはい、分かりましたよ。宿に戻ったらいくらでも愚痴を聞きますから。ですから、今は我慢してくださいね」
直季は言うと、紅太と連れだってその場を後にした。
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