夜の図書館にて

 真っ暗な室内。そのところどころに、月明かりが差し込んでいる。夜の図書館は、昼間とはまた別の静寂に包まれていた。


「桃太郎伝説についての文献はっと……」


 直季が本棚を漁りはじめる。大地は、棚に体を預けながら静かな声で問いかける。


「……犬飼。あんた、あの桃太郎に本当のことを話したのか」


 いつもの飄々とした口調ではなく、真面目な問いかけ。その物言いに、直季が眉をひそめる。


「いえ。……今はそれを告げるタイミングではないと思いまして」

「オレは、本当のことを伝えるのが怖い」


 大地は、窓越しに月を見上げながら目を細める。


「本当のことを知れば、あいつは、オレから離れちまうんじゃねぇかって」

「それは、まだ分からないじゃないですか」

「……あんたは心の準備とか、できてるワケ?」


 大地の言葉に、直季は本から顔を上げて大地を正面から見つめる。


「もし彼が本を読んで、僕が向こうの世界の住人ではないと気づいたら。……その時は、正直に打ち明けたいと思っています」


 直季は言葉を切り、床に視線をやる。


「正直僕も、紅太が素直に受け入れてくれるとは思っていません。でも、どんなに辛くあたられても、彼と一緒にいたい、一緒に向こうの世界へ行きたいと思っています」

「だよな」


 大地は大きくため息をつく。


「こっちの世界は、とっても窮屈だ。それに、オレもあんたの一族も、鬼塚家への恩に縛られている。この因縁は、オレの代で打ち切りたいと思ってる。オレたちが向こうの世界に行けば、縁はおのずと切れるはずだしな」

「奇遇ですね、僕もそう思っていました。口には出しませんでしたけど」


 直季は、ふわりと笑う。


「我々の一族が加担したのは、あくまで桃太郎という男。しかしその男はもういないし、男の意志に共鳴した人間もいない。鬼塚桃之介は桃太郎の子息でしかなく、僕たちもまた、鬼退治に参加した者の子孫に過ぎない」


「そういうことだ。それが今の今まで恩という言葉で縛られていること自体が、間違ってるんだ」


 大地はそう言って、一冊の分厚い本を取り出す。『桃太郎伝説』と書かれている。その本をパラパラとめくると、大地はふっと微笑んだ。


「……これならあいつが好んで読みそうだな」


 直季は、大地の後ろから本を覗き込む。


「昔話風にまとめられた、物語の本ですか」

「あいつ、元の世界に帰ったら、小説を書きたいんだとさ」

「小説?」

「好きな物語を好きなように書きたいって言ってた。だからきっと、物語の本なら、読もうとするだろ」


 本を腕に抱えながら、大地は満足そうに笑う。


「それにあいつのことだ、物語が長ければ長いほど喜びそうな気がするんだよな」

「楽しそうですね、それに」


 直季は大地に意地の悪い微笑みを向ける。


「よく彼のことを理解している。気があるんですか」

「男には、興味ないね。それと、あとくされのない関係が好きだ」


 そう言い返しつつ、大地もまた不敵な笑みを浮かべる。


「そっちこそ、あの桃太郎とうまくやってるじゃないですか」

「気が楽なんですよ、単純だから」


 直季は肩をすくめると、子ども用の本のコーナーから、絵本を一冊引っ張り出す。そしてふっと笑う。


「紅太には、これくらいの本がお似合いですね」

「……それ、あいつのプライドをずたずたにしないか」


 大地の呆れた声に、直季は悪魔の微笑みを浮かべる。


「何を言っているんですか。日頃の恨みをここで晴らすんですよ。散々人をこき使ってくれてますからね。読まなかったら自業自得ということで」

「うわ……」


 大地の額から冷や汗が一筋流れる。その時だった。大きな警報音が室内に響き渡る。


「なんでしょう、こんな真夜中に」

「まさか、オレたち侵入者扱いにされたかっ!?」

「いえ、そもそも不法侵入に違いはないのでは」


 直季の言葉に大地が本を抱え直すと言う。


「のんびり言ってる場合か!? 逃げるぞっ」

「はいはい、分かりましたよ」


 大地と直季は大慌てで図書館から飛び出した。二人が図書館から離れてしばらくして、大きな爆発音がした。


「図書館が……爆発した……?」

「まさかオレたち、暗殺されかけたんじゃ」


 大地が表情をかたくする。


「まさか。……しかし、一概にありえないとも言い切れませんね」

「明日、朝一番に宿を引き払って、ここから離れた方がよさそうだ。人と会う約束があったから、それだけ済ませたらこの街を出よう」

「こちらも、朝一番に紅太にすぐ伝えます」


 直季も緊張した面持ちで言う。大地は、そんな彼に聞く。


「そういや、今日仲間にしてた……、猿石だっけ。あいつとおたく、仲が悪そうだけど、何かあるのか」

「いえ、彼とは初対面です。ですが」


 直季は声を落として言った。


「彼はなんだか、信用してはならないような気がするのです。あなたも、気をつけた方がいい」

「……おたくがそう言うなら、気をつけるわ」


 大地は短く言った。


「とりあえず、宿屋に戻ろう。念のため、交代で見張りに立つか?」

「そうしましょう。気苦労を共にする相手がいて、よかったです」

「オレもだ」


 二人は宿屋へと戻って行く。後には、燃え盛る図書館だけが残された。



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