8-3 必要な消費

     ◆


 八月になっても、俺と美澄はひたすら訓練を続け、とりあえずはブラインドはおおよそ、仕上がってきて、実戦で試すことになった。

 久しぶりにピースの取り合いに参加したけど、はっきり言って、ブラインドはほとんど機能しなかった。実戦は状況が流動的で、しかも混戦になればまさに阿吽の呼吸で連携するしかない。

 そんなことはまだ、不可能だった。

 ピースが持ち逃げされ、俺は美澄から激しく批判され、鐘が鳴るまでの短い時間でも、訓練した。

 そんな夜を何度か繰り返しているところへ、ひょっこりと勇敢なるウサギがやってきた。

「えらく楽しそうね」

 里依紗がそう言うと「その目は節穴かしら?」と美澄がやり返す。

 俺たちはピースを目の前でインターセプトの黒猫に奪われたばかりだった。いきなり至近距離に現れたのだ。反撃しようにも、美澄はすでに直前に黒猫の特殊能力を使っていて、俺にも手がない。

 結局、最後まで追いかけたが、インターセプトに所属する猫のシーカー三人の連携の前に、敗北した。

「小手先の技に頼っていても、いいことないわよ」

 堂々と里依紗がそう言って、ね? とこちらを見てくる。俺は視線を逸らし、応じる。

「連携技は絶対に役立つさ。まだ形になっていないだけで」

「いつまでのそこの黒猫と遊ぶわけ?」

「だから、できるようになるまでだって」

 聞き分けのないこと、と言って、里依紗が去ろうとする。

「ちょっと待ちなさい」

 その前を塞ぐように、美澄が立ちはだかった。

「何よ」

「背中に触った方が勝ち、っていう遊びをしてみない?」

 俺はまじまじと美澄を見てしまった。里依紗も困惑しているようだ。構わず、美澄が説明する。

「何をしてもいいから、背中に触った方が勝ちよ。行くわよ」

 一歩二歩と間合いを取って、美澄が「スタート」と口にする。

 美澄が跳ねて、すでに里依紗の横にいる。手が振られるが、里依紗も反応が早い、避ける。

 二人が円を描くように移動し、お互いの背後を狙うが、速度は拮抗している。

 ほとんどルールを知らない里依紗は不利なはずが、きっちりと対応するあたり、やはり並みではない。

 不意に美澄が弧を描く動きを止める。反転。

 一瞬、美澄と里依紗が向かい合う。

 二人の姿がぶれる。高速でフェイントを掛け合ったのだ。

 すれ違う。再びお互いに弧を描き、相手の背中へ手を伸ばす。

 どちらも届かない。二人が離れる。

 いつの間にか鐘が鳴っていて、その残響が消える。

 二人の耳と尻尾が消失。野性解放時間は終わったのだ。ちなみに三人ともが地上に降りていた。

 はぁっと美澄が息を吐いた。里依紗が肩を竦める。

「いきなり仕掛けてきたのに、勝てないじゃないの」

「あんたが凄すぎるのよ。でもね」美澄が俺を指差す。「そいつは私の背中に触ったわよ」

 里依紗が俺を一瞥し、「まぐれでしょ」と断定する。

「かもしれないし、違うかもしれない」

 美澄がもう一度、肩をすくめて、俺の方へやってくる。

「でもこいつには何か、特別なものがある。才能かはわからないし、資質かもわからない。本当にただの偶然かもしれない。でも、もしかしたら必然かもしれない」

「必然なんて、あるわけない」

 どこか里依紗の声がこわばっているのに、俺も気づいたし、美澄も気づいただろう。それにきっと、里依紗自身も。

「そうね、必然はありえない。だから、私と都成くんは練習を重ねる。偶然を排除して、必然を招き入れるためにね。すぐできるようになったら、それで構わない。できなければ、できるまで続ける」

「あなたが、二十歳になってビッグゲームの記憶すべてを失うとしても?」

 ハハハ、と思わずといった風に美澄が笑った。

「私もあんたも、都成くんも、あと三年以上は余地がある。それに比べれば、昨日と今日と明日、一週間、半月、一ヶ月、費やそうとも構いやしないと、私は思っているわよ。その時間を超えた先には、明確な栄光、眩しすぎるほどの成果がある」

 さすがに里依紗も黙っていた。

 美澄が俺の横に立ち、ぐっと肩を抱いてきて、びっくりした。

「私は最強と呼ばれることの味、最高の美味を知っている。それをこれからまた、もう一度、味わうと思えば、ちょっとの困難なんて大歓迎よ。それよりも勇敢なるウサギさん、あなたこそ、一人きりで、何ができるの?」

 ギリギリっと歯ぎしりをしてから、里依紗は「バカみたい」と言って去って行った。

「大石さん!」

 俺は思わず声をかけていた。去ろうとした里依紗が立ち止まるが、振り返りはしない。

「俺は、仲間を手に入れたと思っているよ。それだけは、はっきりさせておく」

 あ、そう。返事はそれだけだった。

 夜の街へ、里依紗は消えていった。

 彼女がいなくなってから、やっちまった、と後悔した。これじゃあ、次に会うとき、気まずいじゃないか。

 俺の肩をそっと離してから、軽く肩を小突いて、

「というわけで、絶対に形にしてもらうわよ」

 と、美澄が笑いながら言った。

 俺は美澄を彼女の住むマンションの前まで送って、それから一人で家に帰った。

 姉御がお風呂に入っているようだったので、自分の部屋で、灯りを消さずに寝台に横になった。

 頭の中には、美澄のこと、里依紗のことがあって、その向こうでは、美澄が俺に叩き込んでいる連携技の理屈とイメージが動き続けていた。

 隣の部屋、姉御がこの家に泊まる時のために片付けた部屋に、彼女が戻った気配があったので、俺はそっと部屋を出て、お風呂に入った。

 出てくると、リビングでテレビを見ながら、姉御がウイスキーを舐めていた。部屋に入ったのはフェイントだったのか。

「最近の高校生は、夜遊びが流行っているの?」

 適当にごまかすと、彼女は「楽しみなさい」と言って、グラスをこちらに突き出すようなそぶりをした。



(続く)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る