6-3 寂しいという感情

     ◆


 サナトリウムの面々は、どこかぎこちなく都成勝利を受け入れたようだった。

 全員が自己紹介をしたわけだけど、サナトリウムのメンバーの表情には、一様に困惑があるのが、端から見ていてよくわかった。

 きっと私もそんな風に見られているだろう。

 正式にサナトリウムの一員として、都成勝利はピースを集め始めた。私と協力することもあれば、二つのピースを別々に狙うこともある。どちらにするかは、私が決めた。

「一人でピースを奪えるとも思えないけど?」

 別行動を選択すると、都成勝利はそんなことを言う。

「やってみなくちゃわからない」

 私はそう答える。実際、わからないし、実は一人の方が気楽で、都成勝利と連携するとそれだけで疲れる時もある。

 いつの間にか雨の季節は終わり、初夏になっている。空気が熱気を孕み始め、汗が自然と滲む。

 その日は都成勝利と協力し、ピースを確保していたが、最後にはインターセプトに所属する二人の黒猫のシーカーによる、特性を利用した不意打ちと連携攻撃の前にピースを奪取された。

 くそ! と都成勝利が毒付く。

「落ち着きなさい、そんなんじゃ続かないよ」

 私が冷静にそういうと、珍しく鋭い瞳がこちらを射抜く。

「サナトリウムのメンバーがあと二人、仲間にいれば、それで今のピースは確保できた。そう思わないか? 思うだろ?」

「ここにない戦力を当てにするほど、私は間抜けじゃないよ」

 ちょっと私も熱くなっていた。

 でもなぁ、と都成勝利が食い下がる。

「あの連中だって、シーカーだ。シーカーなら、ピースを手にすることを目指すのが普通だろ」

「普通じゃないわ」

 なんだって?

 そう言いたげな顔になり、都成勝利がこちらを見やる。

「シーカーの中には、このビッグゲームを罰だと思っている奴もいる。妄想みたいなものだけど、この世界自体が妄想じみているから、誰もそれを払拭できない。ピースを集めて願いを叶えた瞬間、何が起こるか、みんな想像しては、怯えている」

 私の説明は、都成勝利を苦笑させただけだった。

「こんなに楽しいのに、ただ耐えて、目をそらして、やり過ごす。それがサナトリウムの方針か? バカじゃないのか?」

「何を楽しむかは、それぞれよ。それに、サナトリウムには私を自由にさせる程度の度量がある」

「一人だけで戦わせる度量なんて、度量じゃないな」

 どうとで言いなさい、と私は肩を竦めてみせた。

「なぁ、大石さん、あんたは、仲間が欲しくないのか?」

 反射的に、あなたがいるじゃない、と言いそうになり、恥ずかしくなって、どうかな、とだけ口にした。

「あんた、寂しくないか」

 今度の問いかけには、さすがに笑ってしまった。

「寂しくはないな」

「一人でもか」

「一人じゃない。あなたがいるとかいないとかじゃなくて、他にもシーカーは大勢いる。みんながピースを目指して突き進む。その中にいれば寂しさなんて、感じる暇もない」

 そりゃそうだ、と都成勝利は苦笑いした。

「でも、一人なんだぜ」

「一人には慣れている」

「じゃあ、なんでファミリーに入った?」

 それは……、なぜだろう。

 当時の私は、もしかしたら寂しかったかもしれない。

 今になればそう思う、という程度の感覚しか残っていない。

「私のことはどうでもいいわ。それよりあなたはどうなのよ。今の言動を聞く限りだと、サナトリウムのやり方には異議があるようだけど」

「大いにあるね。全員が立ち上がって、戦うべきだと思う」

「それはサナトリウムじゃないところでやりなさい」

 都成勝利がその一言で表情に険を浮かばせるが、私は構わなかった。

「サナトリウムは今のままでいいというのが、私の意見。そして全員の意見をまとめても、今のままでいたい、となるでしょうね」

「みんな、勝ちたくないのか?」

 勝つ、という言葉には、ビッグゲームでピースを手に入れることだけではない、何かがあった。

 三百個のピースを集めること。

 他のシーカーを退けること。

 つまり、最強になること。

 そういう全てを含んだ言葉が、今、都成勝利の口から発せられた、勝つ、という一言だった。

「あなたの目指す場所は」

 私は何かに心を刺激されながら、答えた。何が心を動揺させるか、わからないまま。

「私達とは決定的に違うのかもね」

「でもシーカーが目指す場所だろ?」

「私たちにはシーカーである前に、人格があるのよ。あなたの人格と、シーカーとしての立場や能力は、実に綺麗にはまっているらしい。うらやましいわ」

「大石さんもそう見えるよ」

 やめてよ、と言った時、頭上から鐘の音がした。今日のビッグゲームは終わりだ。

 私たちはどこかの建物の屋根の上で話をしていたので、素早く地上へ降りた。このまま家に帰るので、二人は途中まで同じ道を進むことになる。

 耳と尻尾が消え、唐突に世界に人の気配が蘇る。

「大石さんのことは尊敬している」

 分かれる場所に着く寸前に、急に都成勝利がそんなことを言った。

「分かり合えればいい、とも思った」

 私はまだ黙っていた。

 さっきの心のざわめきが、去っていかない。

 私たちは挨拶もそこそこに別れた。

 家に帰るまで、自分が何を望んでいるのか、歩きながら考えた。

 勝つこと、か。

 私は勝つことを、望んでいる。

 誰よりも強く、誰よりも気高い、勇敢なるウサギ。

 それはサナトリウムに所属して、手に入る立場だろうか。

 臆病なウサギたちの中で、一人だけ跳ね回る、不自然な存在。

 思わず口から溜息が漏れた。

 都成勝利は、私を確かに動揺させていた。

 あのウサギのシーカーは、実は私以上に勇敢なのではないか。

 考えがまとまらないまま、家が見えてきた。



(続く)

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