6-4 一人になれない弱さ
◆
その夜のビッグゲームでは、私と都成勝利の連携が成立して、ピースを獲得することができた。
ケージに飛び込むと、そこにいた四人のメンバーが目を丸くし、駆け寄ってくる。
お疲れ様、とか、大変だったでしょ、とか、そんな言葉の中で、私はさすがに脱力し、横になっていた。最後にハウンドの猛追を受けて、命からがらといった具合で、ケージに飛び込んだのだった。
すぐ横ではやはり、都成勝利が倒れている。
ピースがひとりでに宙に浮く。
「能力を強化しよう」
いきなり、寝転がったまま、都成勝利が言った。私が起き上がるのとほぼ同時に、彼も上体を起こす。
「なんだって?」
そう言ったのは、白いウサギのシーカー、サナトリウムのメンバーだ。
その彼をじっと見て、都成勝利が繰り返す。
「ピースで、全員の能力を底上げする。それでみんなで戦う」
私は思わず、ケージの頭上にある、ピースの蓄積に目をやった。
全部でまだ三十個にも届かない。それでも悪くない量ではある。ただ長い時間をかけて、これだけを貯めた。その努力が消えてしまうのは、受け入れ難い。
しかし、このペースでピースを集めていても願望を成就させるという三百個までは、はるかに遠い。私の次の世代、もしくはその次の世代が、同じように蓄積を続けて、初めて一つ、願いが叶うだろう。
その場にいたサナトリウムに面々は顔を見合わせ、さっき発言した白ウサギのシーカーが代表して言った。
「それなら、都成くんと大石さんの能力を上げればいい」
都成勝利がわずかに目を細めて彼を睨みつけてから、こちらに視線を送る。
それで良いのか、問いただす視線だった。
「私は能力を上げる必要はない。ステップでの能力上昇で大丈夫だから」
そっけなさを装ってそう答えると、都成勝利は渋面になって、その場にいる全員を順番に見た。その視線を受けたメンバーは揃って顔を伏せた。
つまり、誰も能力を伸ばしたいとは思っていないのだ。
「大石さんにだけ戦わせて、それでいいのか?」
詰るような都成勝利の言葉に、また白ウサギのシーカーが答える。
「大石さんは戦いたいから戦っている。俺たちが命令したり、強制したりして、戦わせているわけじゃない。そこははっきりさせて欲しい」
「でも実際には、戦わせているだろ?」
「俺たちは何も見返りを求めてない。ピースを貯めて願望を叶える気もないし、街を必死に走り回るつもりもない。俺たちはただ、ここで息を潜めて、静かに過ごしたいだけなんだ」
理解できない、という表情になる都成勝利は、不意に表情を変えた。
失望、だろうか。
「勝手にこのファミリーに入って、こんなことを言い出すのも身勝手だが、俺はシーカーとして必死になりたいと思っている。ピースを追いかけて、シーカーとぶつかることが、このビッグゲームの意義で、存在理由だと思う。あんたたちがどうしてシーカーになったか、不思議だよ」
ざわっと空気が動いた気がした。
それを無視して、都成勝利は続ける。
「俺は勝つ。勝ちたい。そのためには、ここにいるのは足枷だ。そう気付いた」
「出て行くってことか?」
メンバーの一人が叫ぶように言った。
「勝手に押しかけて、僕たちを否定して、さよならってか。大した奴だよ!」
「あんたたちこそ、こんなところでこそこそしていて楽しいか?」
そうやり返された茶色い毛のウサギのシーカーが黙り込む。
「俺はまだ新人だよ。この世界のことも、あんたたちシーカーや、ファミリーの理屈もわからない。だけど、そんなものは知らなくていいと思うこともある。ビッグゲームの仕組みをあんたたち、本気で考えたことがあるか? 何が目的だ?」
誰もが黙っていた。都成勝利が強く、しかし冷静な声で言う。
「ビッグゲームは、挑戦だ。自分より一枚も二枚も上手の相手とぶつかる。自分たちより数の多い連中とぶつかる。勝てるわけがなくても、挑んでいくんだ。そうじゃないのか?」
沈黙だった。
「じゃあ、抜けなさい」
私がそう言うと全員の視線がこちらに向いた。都成勝利の目だけが、ギラギラしている。
それが、挑戦者の目か。
「私たちは私たちのやりたいようにやる。都成くん、出て行きなさい」
そうさせてもらうよと、跳ねるように立ち上がると、都成勝利はさっさと、後ろを振り返らずに、ケージを出て行った。
気まずい沈黙の中で、私は謝罪した。
「変な奴を連れてきて、ごめん」
いや、とか、ああ、とか、曖昧な返事があるだけで、その場のメンバーは何かを考えているようだった。
鐘が鳴り、ビッグゲームは終わる。
翌日の朝、登校する途中で都成勝利と鉢合わせした。一番、そうなる確率の高い場所だ。気まずいからと道を変えても良かったけど、それは負けじゃないか、と急に思って、いつも通りの道を選んでいた。
予測できた遭遇なので、自然と挨拶ができた。彼も平然としている。もしかしたら私と同じことを考えたのかも。
「昨日は迷惑をかけた」
そう彼の方から切り出したので、とんでもない、と応じる。
「それでこれからどうするつもり? また一人でやるの?」
「それしかないな。どうも俺は集団行動が嫌いらしい」
「苦手の間違いじゃない?」
そう言うなよ、と都成勝利が笑っていた。
「またどこかですれ違うこともあるだろうけど、よろしく」
都成勝利は実にあっさりと片付けてしまう。実は、こういう気持ちのいい奴なのかもしれなかった。私が知らない側面が、まだある気もする。
私は歩きながら、少しだけ、本当の一人になれない自分の弱さを意識した。
(第6話 了)
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