6-2 加入
◆
その日のビッグゲームの開始直後、ケージを抜けた私の前に、ウサギのシーカーが舞い降りてきた。
仲間か、と思ったが、違う。
都成勝利だった。
「この前はどうも」
言葉とは裏腹に、彼はどこか申し訳なさそうな顔をしている。
「あのさ、大石さん、話があるんだけど」
「移動しながら聞くよ」
私が宙に跳び上がると、都成勝利もついてくる。
二人でピースの発生地点に急行しつつ、話が始まる。
「俺をサナトリウムに入れてくれないかな」
「……何が目的?」
「目的か。それは、効率と、勉強」
効率はわかる。ビッグゲームは数が力に直結する時も多い。
しかし、勉強?
「大石さんのやり方を知りたい」
「この前は頭を使ったようだけどね」
「でも大石さんに読まれていて、ピースを奪われた」
どう答えればいいか、迷った。
ビッグゲームに戦術論、戦略論を持ち込むシーカーもいるが、私の感覚では、ビッグゲームの展開にそれほど理論が混ざる余地はない。
やっぱり純粋に数の勝負になるのだ。
「効率重視なら、アサイラムのハウンドとか、インターセプトが効率的で、うちは実働部隊は私だけよ」
「それでも俺と大石さんで、二人になる」
一人が二人になっても、効率なんてそう変わらない。
さては、方便か。
「ただ人恋しいんじゃないの? 都成くん」
バカ言うなよ、と彼は笑う。
「あんたを認めているんだよ。勇敢なるウサギを」
「ペーパーバッグの連中と組んでいる、そう見える時もあったけど」
「今は一人だよ。放り出されてね」
「うちよりあっちの方が、あなたにはふさわしいけどね」
私もいい加減な事を返している、と意識はした。
ただ都成勝利を遠ざけたいだけなのか、それともそれよりも強い、何かしらの不快感があるのかは、判然としなかった。
前方にピースの光が見える。
シーカーが既に確保している。
私は素早く都成勝利に指示を出して、二人は別行動になる。とりあえずの連携が取れるかは、これでわかるだろう。
私は数日前の都成勝利の下策を採用して、一度、地上へ降りた。全力疾走で走る。
あのシーカーには見覚えがある。向かう先のケージの位置もわかる。
都成勝利と他のシーカーに追跡させれば、背後が気になるだろう。
私は建物の上まで飛び上がり、じっとそちらを見る。
見えた。斜め前方、シーカーがピースを確保して、こちらへ来る。つまり先回りは成功だ。
私は勢いをつけて飛びかかった。
相手がそれに気づいて、急激にコースを変える。
でもそれは想定内。
追随し、掴みかかる。
肩に触れた、引きずり倒そうとする。できない。
でもピースが手から離れた。
二人でもつれて屋根を転がり、危うく落ちそうになる。野性解放時間なので、落ちたところで死んだりしないが、時間が無駄になる。
跳ね起き、宙をゆっくりと漂うピースに飛びつく。
衝撃。横合いから蹴り飛ばされた。さっきのシーカーじゃない。後続だ。
今度こそ私は屋根から転落し、かなりの勢いで地上へ落ちた。
三半規管の混乱も一瞬、すぐ起き上がり、屋根に戻る。
ピースを奪ったのは黒猫のシーカーだった。二人のやはり猫のシーカーが護衛にように付き添っている。今も、追跡のシーカーを弾き返した。
あれは、明日羅か?
くそ、早いな。
私も必死に追跡したが、双子の猫のシーカーの鉄壁の防御を崩せるものはいなかった。
結局、ピースはやはり明日羅のケージに消えていった。
「惜しかったな」
屋根の上に立つ私に、都成勝利がそんな声をかけてくる。
「勝たなければダメなのよ」
そう言って、私はケージへ戻ることにした。
私がケージに行きたいんじゃない。都成勝利をケージに案内するためだ。
都成勝利は無言で私の後についてきた。
春日駅の裏手にある飲み屋街のはずれに、私たちはケージを設定していた。理由は知らない。
私と都成勝利がそこに着くと、今のファミリーのリーダーであるウサギのシーカーがふらっと出てきた。彼はまず私を見て、それから都成勝利を見た。
「お疲れ様、大石さん。そちらの彼は?」
「加入希望者です」
へぇ、と彼は少し目を丸くし、都成勝利を見る。
「うちは、その、あまりピースと縁がないけど、それでいいの?」
そう言われて、都成勝利は間を置くことなく頷いた。
私は何も言わずに、都成勝利がサナトリウムのメンバーに設定されるのを眺めていた。
手続きが終わった時、都成勝利がリーダーにこんなことを聞いた。
「サナトリウムは、どうして戦わないんですか?」
途端にリーダーは顔の色を変え、わずかに頬を紅潮させた。怒ったのだ。
「入って早々、意見を言うのかい? うちにはうちのやり方がある」
結局、都成勝利は、口を閉じるしかない、と決めたようだった。
その日の翌日から、私と都成勝利は連携してピースを奪取しようとしたが、うまくいくわけもなく、目の前でピースを奪われ、追跡しても届かず、終わりの鐘の音を落胆と共に聞いた。
「もっと数があればいいのにな」
鐘が鳴る中で、ぼそりと都成勝利が呟く。
危うく、彼らにはやる気がないのよ、と口走りにそうになり、ギリギリで飲み込んだ。
やる気。
この世界を楽しもう、という気概。
私は都成勝利の肩を叩いて、
「次よ、次」
と、わざと明るい声を出した。
こちらを見た彼の視線には、そういう柄じゃないだろ、とでも言いたげな色があったけど、無視した。
(続く)
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