第6話 戦わないという選択
6-1 勇敢なるウサギとファミリーの関係
◆
私、大石里依紗は戦況を十分に確認し、おおよそ全部を把握していた。
インターセプトの猫の集団がピースを守っていたのを、ハウンドが襲い、そのどさくさの中でどういうわけか、都成勝利がピースをかっさらい、逃げている。
屋根伝いに逃げていたのを、地上へ降りて、見通せなくなった。
地上へ降りることを好むシーカーは珍しい。建物が機動力を削ぐし、他のシーカーに上を抑えられると、その狭い道、限られた道から飛び出すのが難しくなる。
まぁ、何か彼なりの考えがあるのかもしれないけど、とりあえず、先は見えた。
都成勝利の設定したケージに辿り着く経路を即座に思い描き、私は動き出す。
地上へ降りたところで、路地から都成勝利が飛び出してくる。
勢いのままこちらへ来る。力任せに突破しよう、ということか。
もし彼が犬のシーカーなら、その突進力で無理押しできたかもしれない。
それぞれの種族の特徴として、犬のシーカーにはそれがある。
だが、ウサギのシーカーは違う。
もっとも、そんな力比べをやるつもりもないけど。
ぶつかってくる都成勝利を際どく避けながら、脚を繰り出す。
ほとんど両足を刈られるようになり、彼の体が浮かぶ。そこを上から叩き潰すと、彼はバッタリと倒れている。
ピースを横取りして、なんとなく捨て台詞を残す。
「ご苦労様」
私はピースを片手に通りを走り、自分のケージへ向かう。
しかし都成勝利が地上を走る選択をしたせいで、私もそれに合わせてこうして地上を走るしかない。
誰か仲間がいれば。
そう思ってファミリーの面々の顔が浮かぶけど、彼らはここにはいない。
いても、参加することはない。
敗北主義者。
不意にそんな言葉が浮かぶけど、彼らは敗北主義者ではないな、と冷静に自分に指摘できた。
彼らは戦いの場に立とうとしないのだ。勝ちも負けもない。
路地へ飛び込み、思い切って壁を連続して蹴り、上へ向かう。
屋根の上に飛び出した時、シーカーが三人、こちらへ向かってくるのがわかる。
黒い犬のシーカー。ハウンドだ。
決して獲物は渡さない、と気を引き締め、宙を跳んで先へ急ぐ。
前方に影。二人の犬のシーカー。ハウンドではなくてホッとした。
一人が突っ込んでくるのを回避。だけどそこへ二人目が絶妙なタイミングで飛びついてくる。
腕が絡みついてくるのを振りほどくが、放り出された先は、片側二車線の通り。
つまり、足場がない。
自由落下の後、地面に着地。すぐに跳ね上がる。ウサギのシーカーの敏捷性を最大限に発揮。
空中で猫のシーカーの追撃を振り払い、もう一度、屋根へ。
途端、背後から想定外の、予想外の強い衝撃。体がつんのめり、ピースを離すまいと思いながら転がる。
しかしピースは手を離れてしまった。雑居ビルの屋上を転がり、跳ね、離れていく。
それを拾ったのは黒犬のシーカーだった。
「ご苦労さん」
そのシーカーが不敵そう言って、笑う。
カッとして跳ね起きようとするが、私に不意打ちを食らわせたシーカーが、私を組み伏せていて、できない。
「ちょっと休んでてくれよ、勇敢なるウサギさん」
背後の声に、私は歯噛みするしかない。
ビッグゲームでこうして一人のシーカーが一人を常に抑えておくことは珍しい。
それくらい私が警戒されている、ということだろう。
もういいかな、などと呟いて、黒い犬のシーカーは私を解放した。
そのシーカーがこちらを見て、これは助言だが、と前置きしてから言った。
「もっと仲間を頼ったらどうだい?」
「ありがたい助言ね」
「本気だぜ。アロンフォックスじゃないのに、一人きりで戦う理由がない」
「私が戦う理由は、私が決める」
無駄なことを話しちまったな、と苦り切った顔で言って、そのシーカーは離れていった。
遠くを見れば、ピースはもうだいぶ離れているし、このままハウンドが、アサイラムのケージに放り込むだろう。
今日の戦いも、負けだ。
私はそっと地上へ降り、一度、ケージに戻るべきかどうか、考えた。
私が所属するファミリー、サナトリウムは、今、私を含めて六人のウサギのシーカーがいる。
結成したシーカーは十八歳の少年で、あまり顔を見せていない。その少年もあまりリーダーシップがあるようでもなく、サナトリウムは協力とは無縁と言っていい。
ピース集めにも参加せず、ただ同じ世界を知っている人間同士が、その秘密に関しておしゃべりをする集団。
私も最初はそのおしゃべり会が悪くないと思った。
でも何かの拍子に、私はピース集めに意義を見出した。
現実では不可能な、圧倒的な身体能力。
それをこのまま放置しておくのは、冒涜とさえ感じた。
だから私は、一人きりで戦いを始めた。
勇敢なるウサギの誕生。
他のファミリーのメンバーは、不安そうに、そして恐々と、こちらを見ていた。
初めて私がピースを持って帰った時、彼らは歓声をあげ、褒めてくれた。
でも私は褒めて欲しいわけじゃない。
もっと別のことを思っていた。
でもそれはぐっと飲み込み、ただ笑った。力のない笑みでも、笑みは笑みだ。
いつからか、私はおしゃべりに参加しなくなった。
今夜、私はそれでもケージへ戻ることにした。
私が獲得し、申し訳程度に貯めているピースを、確認したい気持ちだった。
鐘が鳴るまでに間に合うか、と急いで向かうと、ケージから二人のシーカーが出てきた。
二人ともウサギのシーカーだ。
私を見てギクリと一瞬、動きを止めた。
「や、やあ、大石さん。今日は、どうだった?」
黒い毛色の方が声をかけてくる。
「負けちゃったわ」
「それは残念だったね」彼は労わるように言う。「でも、また次、頑張ればいいよ。応援している」
私は無言のまま彼を見据え、彼がたじろいだことで、睨みつけている自分に気づいた。
私は無言のまま彼らとすれ違い、ケージに入った。
中は無人だ。
全部で二十個ほどのピースが浮かんでいる。
ただの二十個。
私がモヤモヤとした気持ちを抱えているうちに、遠くで鐘が鳴った。
(続く)
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