5-4 戦いは続く
◆
梅雨入りして、雨の日が増えた。
夜も降っているので、ビッグゲームが終わると濡れ鼠だ。私はまだ家族がいたりいなかったりだから良いけど、親御さんの目があるとなると、不便だろう。
その夜、久しぶりに雨の降らなかった夜、ビッグゲームが始まる時、ケージを抜けた私と深雪は、都成くんを待っていた。
「本当に放り出すつもり?」
深雪の質問に、そのつもり、と私は頷き返す。深雪は何も言わずにこちらに視線を向けただけで、口を閉じて、表情から感情を消して、じっと立っていた。
そこへ都成くんがやってきて、「遅れてすまん」などと言いつつ、ケージを抜ける。
「はっきりさせたいことがある」
ケージを抜けたばかりの都成くんは、不思議そうに私を見た。
「何? 何の話?」
都成くんはこの後の展開を想像できないようだが、私は構わずに言った。
「あなたにはペーパーバッグから抜けてもらう」
「……抜ける? え? どういうこと?」
「一緒には戦わないってことよ」
それから私はブリーダーに申請し、ケージの登録を解除する方法を伝えた。
「まだ分からないんだけど」本当に分からないという顔で都成くんが言う。「なんで俺が放り出されるわけ?」
「あなたと私が合わないからよ。それだけ」
どういうわけか、都成くんがちらっと深雪を見る。深雪は無視していた。
「あなたは」
私は素早く、言葉を続ける。さっさと終わらせたかった。
「私と同じものを見ていない。私とあなたはその点で、どうしても連携できないわ。私のやり方とも、根本的に合わない。わかった?」
「いや、わからないけど……」
「分かってもらわなくちゃね。さっさとどこかでお仲間を見つけなさい」
そう言われてもなぁ、とまた都成くんは深雪を見る。反応はない。
ちょっとムッとして、手を振って見せる。
「学校では今まで通りに仲良くしてあげるから、さっさとどこへでも行きなさいな」
少し躊躇った様子だったが、じゃあな、と都成くんは跳躍し、姿を消した。
「ちょっとやりすぎじゃないの?」
二人だけになってから、深雪が指摘してくるが、私は肩を竦めるだけ。
深雪がさっさと商業ビルの屋上へ向かおうとするのに、私も従った。
「何? 何か私にも話があるの?」
屋上の縁に腰掛けた深雪の隣に立って、私はビッグゲームの戦場を見渡した。
足元の深雪を見ると、彼女もこちらを見ている。メガネのレンズに、足元からの街灯の明かりがキラリと反射した。
「私、間違ったかな……?」
口から漏れた声は、私らしくない弱気な調子だった。深雪は表情を変えない。
「あなたらしかったと思う。自信を持って」
「他人を傷つけて喜ぶような人間じゃないつもりだけど……」
「あれくらい、よくあることよ。今までだってそうでしょ?」
深雪の感情のうかがえない声は、どうやら私を励ましているらしい。
「それにね、美澄」
すっと深雪が視線を遠くへ向けた。私もそれを追う。
そこでは、どういうわけかピースを都成くんが確保して、逃げている。
まだケージを新設したばかりで、どこかぎこちない逃げ方だ。
「彼は彼で戦い始めた。なら、あなたもあなたの戦いを始めればいい」
そうか。
みんな、前へ進んでいるんだ。
私は深く息を吸って、吐いた。
「行ってくる」
「うん、気をつけて」
深雪はもう手元で文庫本を開き、視線を落としている。
私は勢いをつけて、商業ビルの屋上から飛んだ。
高く高く、全力で。
建物の屋根を蹴りつけて、都成くんへ向かっていく。
作ったばかりのケージに飛び込む寸前の彼を体当たりで転がす。
地面に転がったピースをすくい上げ、私は仁王立ちで、倒れ込んでこちらを見る都成くんを見据えた。
「ザマアミロ」
口から出たのはそんな言葉だった。
話をしている暇はない。今度は私が逃げる番だ。
短い時間だったはずだけど、その逃走の時間はものすごく長く感じた。
どれくらいのシーカーをやり過ごしたか覚えていないまま、私はケージに飛び込み、宙にプカリとピースが浮かび上がる。
勝った。今夜は、私が勝者だ。
誰も見ていないところで、ガッツポーズをして、それからへなへなと座り込んでしまった。
疲れがどっとやってきて、呼吸が荒くなるわけもないのに、自然と乱れた。
「お疲れ様」
誰かがケージに入ってくる。誰かじゃない。このケージに入れるのは、私と深雪だけだ。
深雪が、私を見て、珍しくうっすらと笑みを見せている。
私が好きな、友達の笑みだ。
「都成くんにちょっと必死になりすぎじゃない?」
そんなことを言われても、不思議ともう、私の中には怒りも衝動もなくて、自然と言葉を返せた。
「必死かもね。でも、それくらいする相手が、実は欲しいのかも」
「獅子の親は子供を崖に突き落とす、みたいな感じかしら?」
「そこまで親しくもないね。ライバルとも違う。うーん、壁かな」
壁? と、深雪が不思議そうな顔になる。
「乗り越えたい壁とか、突き崩したい壁とかじゃないよ。なんていうのかな、ただそこにいて、邪魔で、目につく、って感じ。回り込むこともできるけど、それが面倒で、苛立つ。乗り越えられるけど、それも面倒で、やっぱり苛立つ。そういう壁ね」
複雑ね、と深雪が笑う。
そして自然と、すっとこちらに手が差し伸べられた。手を取ると、深雪が呟くように言った。
「私は私で、やらせてもらうわよ」
それでいいわ、と私は彼女に答え、引っ張りあげられる。
まだピースが宙に浮いていて、私はそれを指で押して、蓄積されている今までに手に入れたピースの群れに混ぜた。
どこかで鐘が鳴り始めた。
今日はこれで終わり。
でも明日も、その後も、戦いは続く。
負けられない戦いが。
(第5話 了)
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