5-3 明日やれば良い
◆
いつものビッグゲーム、いつもの展開だ。
どこもおかしなところはない。
シーカーが激しくピースを奪い合い、手に入れ、手放し、手に入れ、手放しの繰り返し。
私と都成くんは連携を取ろうとしても、ハウンドのような呼吸の合った動きはできない。
まず都成くんが脱落し、私が黒猫特性で肉迫、しかし乱入した猫のシーカーに肩からぶつかられ、姿勢を乱す。目の前で白猫のシーカーの手にピースが収まる。
引き伸ばされた一瞬の中で、逃げを打つそのシーカーを睨みつつ、空中にいる私は体を動かす術がない。
どうにか建物の壁に衝突する寸前に身をひねり、壁面に着地。すぐに蹴りつけ、追跡に移る。
都成くんは何をしている?
さっさと追いついてきなさいよ!
私の目の前で、猫のシーカー二人が道を塞ぐ。
思考が巡る。猫のシーカーの集団を形成するファミリーは、インターセプトか。
相手は十人ほどの大所帯。目の前の二人は第一陣で、後続が来るのは決定的。
構うもんか。
建物から建物へ這うように移動。速度を出して、まず一人をやり過ごす。
もう一人が飛びついてくるのを、相手の肩に手をついて、自分の体を持ち上げて飛び越すようにして、やはりやり過ごした。
先へ進む。都成くんは何をしている?
前方を猫のシーカーが必死にピースを運んでいる。距離は百メートルもない。強化されている尋常じゃないシーカーの身体能力なら、すぐに詰められそうなものだけど、相手もシーカーなので、なかなか間合が詰まっていかない。
その上、左右から二人ずつ、猫のシーカーが進んでくるのも見える。
ビッグゲームはピースをケージに運び込むのが至上命題で、そのためにはファミリーの構成員が一人でも無事にケージに着けばいい。
つまり、今、迫ってくる四人は何が何でも私や、他の追跡者を止めればいい。
ちらっと後方を確認。どこかのファミリーのウサギのシーカーが一人、追ってくる。
都成くんはいない。
あのノロマめ。
私はぐんと加速し、先へ急ぐ。
右から猫のシーカーが突っ込んでくる。回避しきれず、弾かれる。その上、腕を掴まれた。
引っ張り回され、勢いのまま引きずられて、そこで手を離されたので、勢いがついた状態で放り出される。
背中から建物の壁に衝突、クラクラしながら、反射的に壁を蹴りつける。
開けた視界で、ウサギのシーカーが猫のシーカー二人とやりあっている。
ピースはもう目的のケージに近付いているようだ。
追いすがれるか?
いや、追いすがるしかない。
私は全力で宙を走っていく。
と、目の前で、地上から飛び出してきたシーカーがいる。
誰かと思うと、それは都成くんだった。
先行していた猫のシーカーに斜め下から襲い掛かるのが、よく見えた。
さすが、と思ったのも束の間、蹴りの一撃で都成くんが墜落した。
何やっているんだよ、もぅ……!
そうして私が見ている前でピースを保持していた猫のシーカーは、想像通りインターセプトのケージに飛び込み、見えなくなった。
これで今日のビッグゲームは終わりだ。
私が地上へ降りると、そこでは都成くんが横になっていた。
まさか負傷したわけではないし、疲労しているわけでもないはずだ。
私が歩み寄ると、ぐっと体を起こして、情けなさそうに都成くんが笑う。
「不意を打ったはずが、読まれていたな。まったく、悔しい」
立ち上がる都成くんをじっと見ていると、彼が不思議そうにこちらを見た。
「どうかしたか?」
「あんた」
思わず詰め寄って、襟首を掴んでいた。
「やる気があるのかないのか、はっきりしなさいよ」
「いや、やる気はあるよ。見ていただろ?」
「悔しいなんて、簡単に片付けているうちは、やる気がないのよ」
「行動で示しているはずだけど?」
こいつ……!
襟首を掴んでいた手で相手を突き放すと、よろよろっと都成くんが下がる。
「なに熱くなっているんだよ、景山さん。また明日があるじゃないか」
「明日がある? どうしてそれがわかる?」
私はどうやら、もう勢いが止まらなくなっているらしい。
ヒステリーなんて柄じゃないし、大嫌いだけど、止められない。
ほとんど喚くように言っていた。
「明日やればいい、なんて思っていて、じゃあ、明日になったら、また同じことを言うでしょ! そうやって先送りにしていたら、いつまで経ってもどこにも辿り着かないわ! そうでしょ!」
都成くんは困惑している。
その表情を見て、ああ、私は冷静じゃないな、と気づいた。
無理やり自分の口を閉じるため、彼に背中を向けた。
何か言われたら、また口から言葉が溢れてしまいそうで、もうその場を離れた。高く跳躍し、建物の上を走る。
ビッグゲームの終りを告げる鐘が鳴る前に、私はマンションの玄関にたどり着いていた。
呼吸を整え、鐘が鳴り終わるのと同時に、一階の玄関のロックを解除して、中に入った。
部屋に帰ると、今日は父も母もいなかった。お風呂の用意もされていないので、ちょっとやる気が出なくて、シャワーで済ませた。明日の朝、学校に行く前にまた入ればいい。
温まって部屋に戻り、髪の毛を乾かしながら、自分の言動を振り返った。
決して間違ったことは言っていないはずなのに、どこか不自然で、それが不快だった。
不快な気持ちが去らないまま、時間だけが過ぎていく。
(続く)
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