7-2 資質と才能
◆
それからビッグゲームで何度か、坂崎瑞穂を見かけた。
実は今までも活動していたんだろうけど、彼女はそうと意識しないと、視界からすぐに消えてしまう。
とにかく、すばしっこい。
相当な数のピースを力に還元しているようで、あの速さはハウンドにも匹敵するだろう。
それと同時に、自身を隠蔽するのにも長けている。
そのせいで見失うのだ。
適当な高い建物を選んで、じっと見ていると、視界の隅を彼女が駆け抜ける。
もちろん、彼女は常勝ではないし、むしろ大概は、ピースを見逃している。
五日ほどの間に、全部で出現したピースは十二個。
彼女が手にしたのはそのうちの一つだった。
どうやら周囲との兼ね合いらしい。
まず瑞穂はハウンドとの競合を避けている。しかしそれは他のファミリーでも意識されていることで、ハウンドと真っ向からぶつかるのは少数だと、やっと俺も気づいた。
そして瑞穂は、他のシーカーが手にしているピースは極力、狙わない方針らしい。
だから自分が一番初めにピースを確保し、そして逃げる、という戦法が基礎なのだった。
むやみに戦わず、争わず、シンプルにピースを手に入れる。
あれだけの機動力があれば、全力で逃げれば、大抵のシーカーは振り切れる。前方を塞ぐシーカーをやり過ごすのも、彼女は得意なようだ。
そんな分析をして、おおよそアロンフォックスと呼ばれる彼女の、ビッグゲームの様子は把握できたけど、現実での彼女はまったくわからない。
隣のクラスなので授業中の様子は不明だし、昼休みに様子を見に行くと、同じクラスの女子と楽しそうにお弁当を食べている。よそのクラスの教室に入るのは気がひけるし、その上、あの女子の輪に割り込む余力は、俺にはなかった。
廊下ですれ違うこともあるけど、彼女は大概、誰かと一緒だ。
一度、彼女が一人で向かいから歩いてきたのに遭遇した。
「あの」
それが限界だった。
彼女はこちらを見て、無言でひらひらと手を振ると、通り過ぎて行った。
実に優雅で、この段になってこの女子生徒が、実はすごく可愛い、と気づいてしまった俺だった。
「あの女は気にくわない」
昼食、もう日差しが暑いくらいなのに、俺と美澄、そして深雪は屋上で昼食を一緒に食べていた。美澄は気にしていないようだが、深雪は日傘を差しながら、食べている。
あの女、と瑞穂を呼んで、批判し始めたのは当然、美澄だった。
「アロンフォックスとか呼ばれて、まぁ、特別なんでしょうけど、やる気がない」
「やる気?」
「こう、バチバチッと、ぶつかり合わない。ひらりひらりと他の奴を避けて、自分のケージに逃げ込む。実にキツネらしい、お上品な戦い。嫌になるわ」
確かに美澄は武闘派というか、激しいのが好きではある。
「力が違いすぎる」
ぼそり、と深雪が言うと、まあね、と美澄も応じた。
「あのキツネ女は、どういうわけか、ずば抜けて早いし、身が軽い。どうなっているのかしらね」
「ピースを力に還元しているんだろ」
まさか、と美澄がすぐに答える。
「もしピースの獲得でそれだけの差ができるなら、今頃、この街に現れるピースは、全部、ハウンドが獲得しているわよ。ハウンドの中で融通すれば、最強の個体を生み出せるしね。それが成立しないってことは、ピースによる能力強化には頭打ちになる要素があるか、もしくは、個人差がある」
「景山さんは、坂崎さんには才能がある、って言いたいわけか」
「才能というか素質というか、まぁ、そういうものね。それが彼女の強み。憎らしいったらないわ」
才能、素質。
では、俺には何があるんだろう?
お昼休みの残りの時間は夏休みの予定の話になった。三日後にはもう夏休みが始まる。三人とも無難に試験を乗り越えて、補習を受けなくても済む。ただ、深雪は勉強したいという理由で、夏期講習に申し込んだと言っていた。
美澄が深雪をプールに熱心に誘ったが、深雪は、日焼けする、と断る。俺にも誘いがくるかな、と待ち構えたが、来なかった。下心はないけど、美澄は純粋に、女子の集まりを開きたいようだった。
なぜか俺の周りにいるシーカーは女性ばっかりで、学校では男子の友達もいるけど、どこかシーカー同士とは違う関係になってしまう。
そうこうしているうちに、夏休みに入った。
まさに初日の夜、ビッグゲームに参加すると、目の前をアロンフォックス、瑞穂が走り抜けた。
慌てて追いかけるが、さすがに早い。どうにか見失わないので精一杯だ。
前方に光の玉、ピースだ。
素早く瑞穂が確保し、反転。自然、俺と向かい合う形になった。
彼女はまったく動じない。きっと俺が後を追っていることを知っていたのだ。
急制動で足を止めて、彼女がどこへ向かっても組み付ける、もしくは追いすがれる姿勢を取る。
突っ込んでくる。まっすぐだ。
わずかにこちらから見て右へ踏み出す。そちらへ行く、と見せかけてフェイントだろう。
俺は左側に体を傾ける。
実際、瑞穂は右に体を向け、即座に左に体を流す。
そちらは俺の正面だ。
捕まえた、と思った。
目の前でやけに緩慢に、さらに瑞穂の体が右に移動していく。
俺の体は勢いのまま逆方向、左に泳いでいる。俺の方が遅い。
手を伸ばす。
瑞穂の腕にかすかに触れる。
それだけだ。
「惜しかったわね」
そんな声が聞こえた。
鮮やかに俺をやり過ごして、全速力で瑞穂が逃げていく。
振り返っても、駆け出すことはできなかった。
あれが才能。あれが資質。
俺は瑞穂の背中を、消えるまでそこに立って、ただ見ていた。
(続く)
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