7-3 二人でのお茶会

     ◆


 それはいきなりだった。

「あまりまとわりつかないで」

 ビッグゲームが始まったばかりで、俺は例のごとく、アロンフォックスを探していた。

 瑞穂の姿がないな、と思ったら、いきなり背後から声がした。

 振り返ると、当の瑞穂がそこにいる。

 表情には冷ややかなものがある。学校の時の華やかさとは違い、氷の刃というものがあれば、まさにそれだ。

「別にあなたくらい、どうとでもできるけど、手間は増やしたくない」

「俺の自由だと思うけど……」

 どうにかそう応じると、ぐっと瑞穂が顔を近づけてくる。

「私に張り付いていても、何も得られないわよ。あなた、名前は?」

「俺は、都成勝利。そっちは、坂崎瑞穂だよね?」

「本当の、純粋な、雑じりっ気なしの、ストーカーなの?」

 そうかもしれない。ちょっと、いや、かなり恥ずかしい。

 ため息を吐いて、瑞穂が俺の様子をしげしげと見た。

「見たところ、悪くない動きをしそうだし、そういえば前に、私を止めようとしたよね」

 ほんの三日前だから、さすがに覚えていたようだ。

 頷くと、悪くはなかったな、と彼女が言った。少し表情が穏やかに変わっていた。

「こちらのフェイントを予測して、決断する。ただこちらの方が上手だった」

「俺の心理が読めた、ってことかな」

「まさか。ただあなたの動きに反応しただけ。右を抜けると見せかけて左に行くつもりだった。でも、直感的に、これは左は防がれる、と思った。言葉にはできないわね。あなたの視線、体の構え、そういうのを総合して、そう気付けた。だから右に体を振って、すり抜けた」

 視線? 構え?

 今まで、このビッグゲームで俺が意識したことのない要素ではある。

 当然、動きの読み合いの場面はあったけど、そこまで繊細ではない。力任せにぶつかったりする場面が多い。

 大抵のシーカーがそんな具合なのだ。

 よく飲み込めないでいる俺をよそに、瑞穂はゆっくりと喋った。

「私も別に、何か心得があるわけじゃないけどね。あなたには必要かも」

「ぜひ、教えて欲しいんだけど」

「見返りは?」

 見返り?

 どうするべきか迷っていると、ないわけ? と追い討ちをかけてくる。

 俺は春日駅前の商業ビル、そのレストラン街の喫茶店の名前を挙げた。へぇ、と瑞穂は興味を惹かれたようだった。

「じゃ、先払いで。明日の十時ね。春日駅の東口。バイバイ」

 早口でそういうと、瑞穂は走ってどこかへ消えてしまった。

 キツネにつままれた、と思ったけど、しかしそれどころじゃない。

 明日の十時だって? いきなりそんなこと言われても、まぁ、予定はないが、全く予測していなかった。

 翌朝、少し早めに起きて、身支度をして、お小遣いの一部を貯めていたものを財布に移し、外へ出た。

 九時過ぎだけど、だいぶ強い日差しが降り注いでいる。

 駅へ向かい、到着は九時四十五分。ちょうどいい頃合いだろう、と思って東口に回ってみると、他にも立っている待ち合わせらしい人たちの中に、もう坂崎瑞穂の姿があった。

 こちらに早く気づいて、もう視線を向けている。

 き、気まずい……。

「ちょっと早く来すぎたかしら」

 ニコニコと笑いながら、そうで迎えてくるが、笑顔が怖すぎる。

 適当にごまかして、二人でビルに入り、上の階へ上がっていく。まだ開店直後で、空いている。

 喫茶店も俺と瑞穂が一番乗りだった。

 俺はベイクドチーズケーキとミルクティーを頼み、瑞穂が何を頼むかと思うと、タルトタタンと、コーラフロートだった。コーラフロートとは、いかにもレトロだが、好感が持てる。理由は不明だけど、好感が持てる。絶対に。

 お菓子が来るまでの間に、すぐに瑞穂がビッグゲームでの体の使い方をレクチャーし始めた。

 まずは相手の視線の位置を把握するらしい。人間は見ている先にアクションを起こすものだし、ビッグゲームのシーカーたちは運動能力が異常に高い分、視線に依存する、というのだ。

 視線の位置を把握すれば、相手の動きが読める、と瑞穂が断言した。

 そこへお菓子と飲み物がやってくる。彼女は素早くコーラを飲み、バニラアイスをすくい始める。実に心和む光景だ。

「アロンフォックスって呼ばれているけど、どういう意味だ?」

「名前のままよ」

 バニラアイスを美味しそうに食べながら、教えてくれた。

「一人きりのキツネ。ビッグゲームのシーカーの中で、一人だけしかいないのよ、キツネのシーカーはね。もちろん、それ相応に見返りがある。身体能力が高いし、感覚も鋭敏みたい。その代わり、代償がある」

「え? どんな?」

「ファミリーに入れない」

 どういうことだろう。

 疑問が顔に出ていたんだろう。彼女はアイスを食べきり、コーラを飲み干すと、静かに言った。

「キツネのシーカーは常に一人で戦う。ファミリーに参加できないという原則のせいでね」

「それはまた、すごい不利だな」

「あなたがそれを言う?」

 店員を呼んで、カフェオレを追加で頼んでから、瑞穂がこちらを見る。

「あなただって、一人でしょ? 噂は私も聞いているし、フラフラしているルーキーがいて、ペーパーバッグに入ったこともあるって」

「え。ペーパーバッグを知っているの?」

「まぁ、アロンフォックスと似た文脈でね。ここのところ二人きりのファミリーで、しかも一人は不戦主義者で、戦うのは一人だって。一人きりの黒猫。そこに参加して、でも抜けた。何があったわけ?」

 どう答えるべきか、わからなかった。

 美澄とうまくいかなかった。そう言ってみれば簡単だけど、でも、必死になってお互いを理解しようとしたかは、わからなかった。

「あら、珍しい二人組ですこと」

 いきなりそんな言葉をかけられ、背後を振り向くと、美澄、そして深雪が立っていた。

 美澄は挑戦的な表情で、深雪はいつもの無表情だが、いつもよりは少し温度が低い感じ。

 何か、良からぬことが起きそうな予感……。



(続く)

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