7-4 四人でのお茶会
◆
喫茶店でテーブルを囲む四人の空気は、周りからすると少し異質だったはずだけど、好都合なことに他の客はいなかった。店員が怖々とこちらを見てるけど。
アイスティーのストローをくわえつつ、美澄が瑞穂を見る。
「で、都成くんに奢らせようとしたわけだ、そちらのお嬢さんは」
「正当な見返りとしてね」
カフェオレのカップにゆっくりと口をつける瑞穂。
ものすごい、なんというか、殺気が放射されている気がする。いや、殺気は言い過ぎかもしれない。でも他になんて呼べば良いんだ?
助けを求めて深雪を見るが、彼女はじっとチョコレートケーキを切り分けて、口へ運ぶのみ。
俺が美澄と瑞穂をなだめることは、たぶん、火に油を注ぐことになるので、やめておこう。
静観だ、静観。それしかない。
「で、坂崎さんは都成くんをどうするつもり?」
「どうするもこうするも、これっきりよ。すぐに敵同士になるだけ。そちらこそ、まるで彼に何か思うところがあるようだけど、放り出したんじゃなかったの? あなたよね、ペーパーバッグの黒猫って」
「この男は私の友達で、ビッグゲームとは、それはまた別の話。私だってこいつとはビッグゲームでは争う間柄よ」
「じゃ、私が彼に助言してもいいんじゃないかしら?」
助言ね。冷ややかな声で美澄が応じる。
「どんな助言か、知りたいところね」
「あなたには助言を生かす素質がない」
おいおい。俺が慌てる前で、美澄の表情から温度が消える。絶対零度の無表情。
「この男にはそれがあると?」
「片鱗は見えた」
「それはまた良かったわね、都成くん。褒められて嬉しいでしょう?」
う、とか、え、とか、そんな声しか出ない。
「あなたのやり口を教えたわけ?」
いきなり深雪が発言し、俺も含めて三人がそちらを見る。
彼女は両手で包むようにミルクティーの入ったカップを持って、テーブルに視線を落としている。
「あなたの、アロンフォックスの戦い方を?」
「あなたがペーパーバッグのもう一人? 何を知っているわけ?」
かすかに目元に険の浮かんだ瑞穂に、深雪は視線を合わせない。
「私は全てを知っている。見ているから」
ふぅん、と言うのが瑞穂の言葉だった。深雪がそっとカップに口をつけ、やっと視線を上げる。まっすぐに瑞穂を見ている。
「あなたのやり方は、賢いと思う。それに個体としても、際立ったものがある。でも、一人よ。たった一人では、できないことがある。それだけは、あなたには都成くんに教えることができない」
「私に何ができないって?」
今度は瑞穂の視線が鋭くなり、攻撃性を帯びる。
でも深雪は動じなかった。
「あなたも気づいている。気づいているから、今の戦い方をしている。違う?」
その言葉を受けても、瑞穂は応じなかった。無言でタルトタタンを口に入れ、雑な動作でカフェオレを煽った。
カップをそっとテーブルに置くと、対照的に雑な動作で、椅子を鳴らして瑞穂が立ち上がった。
「口ではいくらでも言えるわ。勝負はビッグゲームでつけましょう」
深雪は黙っていて、彼女を見もしない。
その深雪をいつもとは別人のように睨みつけてから、さっさと瑞穂は店を出て行ってしまった。
おいおい、これじゃあ、もう瑞穂には何も話を聞けないじゃないか。
抗議したいが、美澄は不機嫌そうに自分の前のベイクドチーズケーキを食べていて、無言。深雪もじっと動かない。
沈黙が、重い。
「追加で頼んでいい?」
美澄が言葉を発したが、どうもきな臭い発言だ。つまり、ここでの支払いは、俺が持つらしい。しかしやめてくれとも言えず、「良いよ」と引きつった声で答えるしかない。
美澄がプリンアラモードを注文し、飲み物もアイスティーを注文した。深雪も何か頼むかと思ったら、カフェオレだけだった。助かった。
「で、何を教わったわけ?」
店員が空いた皿を回収した後、美澄が訊ねてくる。
正直に、視線の話をした。
「そんなもの、見ている暇なんて、ないわよ。本気にしたわけ?」
正直、本気にしたし、実際のところを次のビッグゲームで探ってみるつもりだった。
「さっきの話だけど」俺は深雪に水を向けてみる。「坂崎さんが俺に教えられないことって、具体的には何?」
深雪はこちらを見て、小さな声で応じる。
「連携よ」
「連携……」
「とっさの呼吸や、フォロー、その他の連携は、アロンフォックスには磨く術がない」
つまり、アロンフォックス、キツネのシーカーは一人しかおらず、その上、ファミリーを構築できないがために、他のシーカーとの連携をする場面がない、というのが、深雪の意見らしい。
「都成くんはまだその技の真髄を知らないからね」
「真髄ねぇ」
「美澄と組んでみればいい」
ハァ? と美澄が声を上げるが、深雪は平然としている。
そこへプリンアラモードとそれぞれの飲み物がやってきた。
プリンを一口食べてから、顔をしかめて美澄が反論する。
「私たち、一度は決裂した間柄だけど、もう一度、組めってこと?」
「できるでしょ? 美澄」
カフェオレを少しずつ飲む深雪から、こちらに美澄が視線を向ける。
「やる気、ある?」
「まぁ、あるかな」
はっきりしなさいよ、と美澄が呟く。
彼女は綺麗にプリンアラモードを食べきって、アイスティーを飲み干し、「お腹いっぱい」と呟いていた。いや、お腹いっぱいになるまで食べないでくれ。遠慮とかないのかよ。
「いいわよね? 美澄」
深雪が念を押すと、美澄は雑に頷いた。
「これだけ食べさせてもらったから、許す」
現金な奴である。
こうして俺はなぜか、ペーパーバッグに戻ることになった。
ちなみに喫茶店の支払いで、俺は半ば財政破綻した。
(第7話 了)
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