2-3 超然とした観察者

     ◆


 両親との間に距離ができたのは、いつからか。

 小学生の時は、そんなことはなかった。思い返せば、始まりは、中学校に入学して、最初の中間試験の時からかもしれない。

 中学校は一学年が百人ほどで、私はその中で十一位の成績を出した。

 そのことを両親に報告したけれど、返ってきた言葉はそっけないものだった。父親はその上で、答案用紙を示しながら、私が間違えた問題について、解説し、私を遠回しに詰り始めた。

 中学一年の間は、テストの度にそんなやり取りがあり、私はどんどん心が冷えていったと思う。

 中学二年になると同時に、私はもう答案用紙を見せなくなった。成績は悪くなかったけど、両親が求めているものになれるとも思わなかった。

 何を求められているのかも、わからなかった。

 会話は減っていき、視線を合わせることもなくなった。高校進学の手続きなどの時が、最近では一番、話したことになる。

 高校に無事に入学できたので、またしばらくは、関わらないで済む。

 それが不自然だと感じながら、しかし落ち着きもする。

 家族なんて、夢物語だ。

 実際、両親よりも美澄の方が、私のことをよく知っているとさえ思えた。

 入学式から一週間が過ぎた。

 夜の二十三時過ぎ、いつもの商業ビルの屋上で、私はビッグゲームの様子を見ていた。

 私は猫のシーカーで、ちなみに毛の色は三毛だ。

 猫のシーカーの特徴として、視力が高い。私は今、夜の闇を突き抜けて、シーカーたちがピースを奪い合っているのを、至近で見ているようなものだった。

 ピースを確保しているのは、やはり黒い犬のシーカー三体である。

 この三人一組のやり口は、アサイラムというファミリーのメンバーの手法で、アサイラムは全部で九人から構成されていると聞いている。彼らはどういうわけかみんな黒い毛の犬のシーカーだけで、他のプレイヤーはアサイラムの三人組をハウンドとも呼ぶ。

 ハウンドのピース回収率はトップクラスだ。

 今もハウンドがピースを手にしている。

 そこに横合いから突っ込んでいく影がある。

 私は俯瞰していたから気づいたけど、ハウンドもそこは抜かりない。ピースを持っていた一人が、仲間にそれを渡して、その上で乱入してきた相手を蹴り飛ばした。

 つくづく、蹴り飛ばされやすい奴らしい。

 墜落していくのは薄茶色の毛色をしたウサギのシーカー。

 間違いなく都成くんだった。

 ハウンドが撤収を始め、自分たちのケージを目指す。

 その前に、影が滲んだかと思うと、その黒い影が黒毛の猫のシーカーに変わる。

 美澄だ、と思った時には、ハウンドと三対一が成立している。

 しかし数の前には美澄は無力だった。

 ハウンドの二人が美澄を抑えにかかり、一人がピースを保持して先へ進む。

 黒猫のシーカーには、他にはない特殊な力がある。

 それは名前が決まっていないのだけど、自身を影に変えることができる、という力だ。

 ついさっき、ハウンドの前に美澄が回り込んだのが、その力による現象だ。

 ただし、連続して行使することはできない。次に能力を発動させるまで、美澄は二対一で犬のシーカーと競い合うしかない。

 これはハウンドの勝ちだな、と私が見ている前で、先行するハウンドの、ピースを確保している一体の前に、横合いから四つの影が踊り出した。

 身を潜めていたのを、私は俯瞰しているがために知っているが、彼女たちの存在はほぼ完璧に隠蔽されていて、現場では突然に現れたように見えただろう。

 ハウンドが足を止める間も無く体当たりで弾き飛ばされ、ピースがこぼれる。

 それを乱入した一人が掴み、走り出す。すぐに三人が続き、隊形を組んで自身のケージへ向かっていく。

 あれは、明日羅、と名乗っているファミリーだ。

 四人組で、四姉妹だと聞いている。

 結局、その日はそのまま明日羅がピースの一つを自分たちのケージに運び入れた。

 今日の争奪戦は早めに終わったので、野性解放時間が終わるまで余裕がある。

 屋上で少し涼しい風に吹かれながら本を読んでいると、美澄が壁を駆け上がって、やってきた。

「明日羅の奴らは盗人だ」

 吐き捨てるように言って、乱暴に彼女が私の横に腰掛ける。

「そういうあなたも、都成くんを利用したようだけど?」

「利用される方が悪い」

「じゃあ、明日羅に利用されたあなたも悪いわね」

 屁理屈はやめてよ、とつぶやき声が返ってくる。

「あの男も、何を考えているのかねぇ」

 足をぶらぶらさせながら、美澄が笑う。失笑、といったところ。

「一人でファミリーとしているようだけど、あんな力じゃ、どうしようもないわ」

「そういうあなただって、ほとんど一人でしょ」

「でも深雪だって相当、使うでしょ?」

「当てにしないで」

 私と美澄が出会ったのは二年前で、私たちがこの世界に足を踏み入れて、それぞれ一年ほどが過ぎていた。私はとあるファミリーの一員だったけど、美澄はひとりきりだった。それが恩人をの計らいで、私は元のファミリーを抜け、恩人と美澄と私の三人で、ペーパーバッグを結成した。

 恩人が二十歳という年齢で資格を喪失して、一年以上が過ぎている。だから、三人だった期間は短いし、美澄が一人きりでピース集めをしている時間も、長い。

 美澄は私の実力を知っているようだけど、参戦を強いたりしない。

 そんなことをするくらいなら、自力で私を超えてやる、という様子が、言動の端々に覗くけど、私は黙っていた。

 風が吹き抜けて、私の髪の毛が乱れる。

 本を閉じて、手で髪を押さえる。

「あなた、楽しい? ねぇ、深雪?」

 美澄の言葉に、私はそうねと応じる。

 楽しい。私はここで全てを見ているのが、楽しい。

 美澄は何も言わずに、私の横に座っていた。



(続く)

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