2-2 三人の集会

     ◆


 翌日、家を出ると学校に着く前に美澄と顔を合わせた。

「おはよう、深雪」

「おはよう」

 美澄が一方的に私的なビッグゲームの展望を話し始める。

 学校に到着し、揃って教室に入ると、すでに都成くんが自分の席にいて、私たちを見て、そのままじっと視線を向けてくる。ちょっと不機嫌そうだ。

 私の横で美澄が露骨に嫌な顔をするのが、見なくてもわかった。

 さっさと無関係を決め込もうとしたら、私の腕を美澄が掴んだ。

「なんで私を捕まえるの?」

「同じファミリーでしょ」

 それはそうだけど。

 二人で都成くんの前に立つと、彼が美澄のように顔をしかめる。

「なんで俺を蹴り飛ばすわけ? 景山さん」

「あの世界は競争なのよ。弱い奴は地べたに這うしかないの」

「不意打ちはないよ。受身も取れなかった」

「あの世界では死ぬことはない。私に蹴り飛ばされて投身自殺も真っ青な高さから、車に跳ね飛ばされた勢いで地面に叩きつけられてもね」

 ……そんなことをしたのか。

 さすがに都成くんも美澄のことがわかったらしく、ちょっと冷静になった、というか、美澄の暴挙を容認する気になったようだ。

「俺、ビッグゲームについてあまり知らないんだけど、どうすればいいかな」

「誰かに聞けば?」

 あっさりと美澄がやり返すので、さすがに都成くんもこちらに助けを求める視線を向けてくる。面倒なので、そっぽを向いて回避。

 都成くんはため息を吐き、

「あんたに教えてもらいたいんだけど、景山さん」

「教えてください、とか言えないわけ?」

「教えてください」

 よろしい、などと応じた美澄が、すぐに「昼休みに屋上でね」と、どこかの創作にありそうなことを口走ったので、私は思わず笑っていた。すぐに表情を引き締め直す。

「あなたも来るのよ、深雪」

「なんで私が?」

「いいじゃない、仲間でしょ」

 仲間なのは否定できないので、私もどうやら行かなくちゃいけないらしい。

 というわけで、昼休み、私は購買でパンと飲み物を買って、屋上へ上がった。

「深雪、こっちこっち」

 屋上は生徒に解放されていて、ベンチがいくつか、等間隔で並んでいる。そのうちの一つに美澄が腰掛けている。不穏なことに、ベンチは三人が腰掛けられる大きさである。

 私は美澄の横に腰掛け、さっさと食事を始める。美澄はお弁当を持参していた。

 少しして都成くんがやってきた。手にビニール袋を下げている。

「じゃ、その辺に座って」

 いきなり美澄がそう言って、都成くんを屋上のコンクリに座らせようとする。不服そうながら、都成くんは座り込んだ。不憫だ。

 しかし男一人、女二人で並んで座らなくて済んだことに、私はこっそり感謝した。

 それから美澄は比較的、丁寧にビッグゲームのルールを話し始めた。

 ルールといっても、ファミリー同士でピースを巡って争うことと、ピースによって願望を叶えるか、自己を強化するか選べるとか、その程度だ。

 あとは、野性解放時間ではシーカーは負傷しないことくらいか。

「一般人はいないんだな」

 バナナ牛乳のパックからストローで中身を吸い出しつつ、都成くんが言うと、当たり前、と美澄が応じる。

「一般人に知られたら、訳わからないことになるわよ」

「でも、シーカーって、子どもしかいないのか?」

 ああ、そのこと。そんな風に美澄が応じる。

「シーカーは二十歳の誕生日になると、自動的にその力を失うの。記憶もね」

 私はその話を聞いて、私と美澄を導いてくれたシーカーのことを思い出した。

 あの人も、二十歳になるのと同時に、記憶を失ってしまった。今はただの知り合いで、でもどうしても疎遠になってしまう。私たちが憧れた人は、もういない。会うたびに、そのことが頭に浮かぶのは美澄も同じだろう。

 なるほどー、と答えつつ、都成くんはもぐもぐとあんパンをかじっている。

「で、二人は組んでいるんだろ? ファミリーの名前は?」

「ペーパーバッグ」

 すぐに美澄が答えて、でもね、と素早く続ける。

「仲間は全く必要としていないから。これっぽちも」

「別に俺は、混ぜてくれ、なんて一言も言ってないぜ」

「顔に書いてあるからね。鏡でよく確認してみなさい」

 実際、美澄が言う通り、私の目から見ても、都成くんが仲間にして欲しいと言い出すのは、はっきりしていた。美澄の勘違いでもないし、都成くんもとっさに誤魔化しだんだろう。

「でもさ、景山さん、ピースが必要じゃないのか?」

 食い下がられても、美澄は平然としている。

「ピースは自力で手に入れる。あなたのためにピースを獲得なんてするもんですか」

「そうかぁ。同じクラスだし、協力できればと思ったけど」

「勘違いしているね」

 私は思わず口走っていた。

「あなたが私たちにできる協力なんてないわ。私にも美澄にも、やるべきこと、進むべき道筋は見えている、あなたが割り込むのは、迷惑よ」

 私がいきなり喋ったからか、都成くんはぽかんとしている。美澄は「そこまで言わなくても」と苦笑いだ。

 私は意識的に表情から感情を消して、サンドイッチを小さくかじった。

「というわけで」

 美澄がビシッと都成くんを指差す。

「今のところ、私たちはあなたを必要としていない。どこか、他所を当たりなさい」

「引っ越してきたばかりで、知り合いがいないんだよ。紹介してくれないかな、ちょうどいい相手を」

「甘えるのもいい加減にしなさいね、ルーキーくん」

 美澄がそう切って捨てると、さすがに諦めたようだった。

 それから何故か、この辺りの美味いパン屋やラーメン屋、喫茶店の話題になった。私は黙って聞いて、食事が終わったら、これも持ってきていた文庫本に目を落とした。

 周囲の音が、ひっそりと遠ざかった。



(続く)

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