1-4 再会と初対面と再会

     ◆


 入学式の日、制服を着て外へ出ると、どこからか桜の花びらが舞い落ちてくるのが見えた。

 春夏高校へは徒歩でほんの二十分だ。バスを使うまでもないし、自転車も必要ない。

 引っ越してきてから探検を繰り返したので、おおよその道はすでに把握していて近道もできる。

 そんな近道の一つ、路地を抜けている途中で、交差するやはり細い路地から、春夏高校の女子の制服姿が現れた。こちらも驚いたが、向こうも驚いている。人が滅多に通る場所じゃない。

 視線が合って、お互いに足を止め、目を丸くしていた。

 彼女は今は髪の毛をおろしているが、勇敢なるウサギ、その人だった。

「まさか、新入生?」

 彼女の声も、あの夜と同じだ。

「うん、そうだけど、君も?」

「そうらしいわね、不愉快ながら」

 なんで不愉快なんだ?

 いつまでも立ち尽くしてはいられないので、自然と二人で路地を出て、並んで学校への道を歩き始めた。

「前も自己紹介したけど、俺は、都成勝利。君は?」

「教えたくない」

「ここは現実だし、日常なんだから、良いじゃないか」

 食い下がってみると彼女はあっさりと折れた。

「大石里依紗」

「よろしく、大石さん」

「あまりよろしくしたくないけどね」

 雑談をする空気にはなったので、ここぞとばかりに聞いてみる。

「いつからビッグゲームに参加しているの?」

「半年前かな。新参よ、これでも」

「ピースをいくつ獲得した?」

「数え切れないほど」

 数え切れないほど?

「願いが叶いそうなほどってこと?」

 何も知らないのね、と里依紗がため息をつく。

「ピースには使い道が二つある。一つは必死に溜め込んで三百個を目指すこと。そうすると願いがひとつ、叶うらしい。もうひとつは個体の運動能力を底上げるする使い道」

「えっと、どういうこと?」

「ピースは言ってみれば、レベルアップのアイテムでもある。それも手っ取り早く強力になれるアイテム」

 それってつまり、どういうことだ?

 まだ混乱している俺に里依紗が解説してくれる。

「ビッグゲームでは、個人の運動能力やファミリーの連携が大事になる。それがないとピースは獲得できないし、三百個は手に入らない。でもピースを手にするためには、能力を上げなくちゃ難しい。能力を上げるのにピースを消化すると、三百個はいつまで経っても貯まらない。オーケー?」

「それってビッグゲームの最大目的である、願いの成就は、ありえない、ってこと?」

「ありえなくはないわね。過去に達成した人がいる、という噂も聞いた。でも極めて困難よ。ピースを消化しないことには、強い連中には対抗できないから、どこのファミリーもピースの蓄積が進んでないらしいし」

「君はどこのファミリーに属している?」

 ぎろり、と言っていい鋭さでこちらを睨みつけてくる里依紗。

「私のファミリーに入るとか、言い出さないわよね?」

「一応、聞くだけだよ。なんていう名前?」

 まだ睨みつけられている。そんなに言いたくないのか?

「……サナトリウム」

 やっと答えがあったけど、なんていう意味のだったかな、サナトリウムって。えっと……?

「療養所?」

「私がつけたんじゃないじゃらね。もういない人が、設定した名前を継いでいるのよ」

 サナトリウムね。

「ケージの位置は?」

「自分で調べろ、この新入り!」

 ガツっと脚を蹴りつけられた。

 そうこうしているうちに学校に着いた。どこか華やいだ雰囲気なのは、入学式が醸し出しているんだろう。

「大石さんは何組?」

「三組。あんたは?」

「俺は一組」

 昇降口からも何故か並んだままで教室のある校舎の三階まで上がり、手前にある三組の教室の前で里依紗とは別れた。意外に付き合いがいいのかもしれない。

 自分の教室に入ると、まだどこにもグループらしいグループもなく、あるのは三人の塊が二つほど。きっと同じ中学の出身なんだろう。

 俺が自分の席に座ると、隣の席の女子が話しかけてきた。

「あなた、見ない顔だけど、どこの人?」

 非常にざっくりした女子だ。里依紗ほどではないが長い黒髪で、ゆったりと結んである。

「引っ越してきたばかりで……」

 猫のような瞳が少し見開かれる。

「どういう事情? 親の転勤とか?」

「まぁ、家庭の事情ではあるね。俺は都成勝利」

「私は景山美澄。よろしく、都成くん」

 かすかに笑みを見せてから、美澄が「あそこにいるのが私の友達」と指差した。

 指が向いている先を見ると、こちらは髪の毛を短く切った女子生徒が、じっと文庫本を見ている。光の加減で眼鏡のレンズが光って、顔の作りはよく見えない。

「まぁ、何かの折に、紹介してあげる」

 まったくの初対面だけど、その読書に集中している女子は、どことなく近寄りがたい雰囲気がある。気のせいじゃないだろう。

 美澄が僕の家庭事情を探ろうとするのをえっちらおっちらやり過ごしていると、担任の教師がやってきて、入学式の体育館への入場の仕方について説明を始めた。あまり複雑でもない。ただ列になって歩くだけのようだった。

 始まってみればあっさりと入学式が終わり、教室に戻って担任が自己紹介をして、次はクラスメイトの自己紹介が始まる。

 例のメガネの読書をしていた女子は、八代深雪と名乗った。覚えておこう。

 昼過ぎには解放され、美澄に誘われたので、深雪も含めて三人でお昼ご飯をファストフードで済ませた。

 深雪は見た目通り、どこかそっけなく、しゃべることも少ないようだ。大抵、無表情で目の前の一点を見ている。睨むでもなく、ぼんやりしているでもなく、見ている、という感じだ。

 初日にしては打ち解けたな、という実感を持ちつつ、俺は家に帰った。

 深夜二十三時、鐘が鳴った。

 野性解放時間だ。もう耳が生えることも尻尾が生えることも慣れた。

 俺はまだどこのファミリーにも所属せず、最初に設定された仮のケージを使っていて、一度、そのケージを抜けないと、ビッグゲームには参加できないという決まりだ。仮ケージの場所は家のすぐそばにしたかったけど、家は野性解放区の外れなので、家から少し遠い場所だ。

 身体能力が強化されているので、窓から外へ飛び出し、ケージへ向かう。

 と、横手から黒猫のシーカーが屋根を渡ってくるのが遠くに見えた。

 自然と進路が近づき、お互いに視認可能な距離になり、ぎょっと足を止めた。

 俺も、相手もだ。

「景山さん?」

「都成くん?」

 そこにいる黒猫のシーカーは、景山美澄、その人だった。



(第一話 了)

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