第10話 終わらない戦いの日々

10-1 参戦

     ◆


 俺が唖然としている前で、ピースを手にした深雪が全く無駄のない身ごなしで先を進んでいく。

「ハウンドが二組、待ち構えている」

 ボソボソと深雪が喋る。さっきの丁々発止の戦いを見た後では、あまりのギャップに、あの戦いは何かの嘘だったのか、と思えてしまう。

 持ってて、と深雪が美澄にピース投げ渡す。

「美澄はケージに向かって。都成くんと大石さんはハウンドの三人を抑える」

「残り三人は?」

「私が抑える」

 一人でかよ、と反論したかった。だが、無理ではないだろう、とも考えていた。

 それ以上は話している間もなく、ハウンド二組、計六人が側面からやってくる。俺と里依紗が一瞬で視線を交わし、ハウンドに向かう。深雪もそれを見て、自分が相手をする方を選んだようだった。

 はっきり言って、きわどい戦いだった。

 俺と里依紗は数では不利で、ただ、彼らはピースを再獲得する必要がある一方、俺たちは足止めをすれば十分だった。

 深雪がどう戦ったかは知らない。

 ハウンドが急に戦闘をやめ、つまりビッグゲームが完結した、ということだと理解できた。

 黒犬のシーカーはこちらを烈火の視線で睨みつけ、去っていく。

「うまくいったね」

 横に深雪がやってくる。彼女は本当に一人で三人を相手にしたらしい。

「実はすごい才能の持ち主だった?」

 里依紗から、猛虎、と呼ばれたシーカーの話は聞いていた。でもさすがに女の子を猛虎とは呼びづらい。

「久しぶりにやったから、疲れた」

 かすかに笑みを見せて、深雪が応じる。ビックゲームは疲労とは無縁だから、今の一言は冗談だ。

「さっさとケージに行きましょう」

 促されて移動しようとすると「ちょっと」と里依紗が言う。

「サナトリウムのケージに、ちょっと行ってくる」

 そうか、メンバーが乱暴をされたんだった。

「巻き込んですまなかった、って言っておいてくれ」

「わかった。じゃあ、また今度」

 里依紗はペーパーバッグのケージとは別の方向へ、屋根伝いに離れていく。

 俺と深雪でケージにたどり着いて中に入ると、美澄が待ち構えていた。

「まさか深雪が乱入するとは思わなかったわ。どういう心境の変化?」

「あんなのを見せられたら、私だって怒る」

 どうやら深雪は、ハウンドがサナトリウムのメンバーにした所業を見て、怒りに駆られたようだ。常に感情を隠すようなところがあるのに、ちゃんと感情、熱情があるのだ。

 美澄もハウンドのやり口を批判し、四人でアサイラムを叩き潰す、と宣言した。

「えっと、大石さんはどこ?」

「そう」伝え忘れていた。「サナトリウムのケージに言った。仲間と話し合うみたいだった」

 その日はそれで解散になった。

 学校ではいつも通りに過ごす。九月になってもまだ暑いけど、俺たちは屋上で食事を続けている。まだ深雪は日傘を差していた。

 そこへ大石里依紗がやってきた。すでに食事を終えたようで、手ぶらだ。

「私たちのファミリーの話だけど」

 彼女は座ることもなく、まっすぐに立ったまま告げた。

「あなたたちに協力する、と言っている」

 いきなりの展開に、俺たち三人は目を見合わせた。

「協力って?」

 代表するように美澄が問いかけると、そのままよ、と里依紗が笑みを浮かべて言う。

「全メンバーが、ペーパーバッグに加勢する。たいして実力も技もないような人たちだけど、盾くらいにはなれる、って言っていてね」

 盾か。思わず俺は笑っていた。美澄も苦笑い、深雪でさえ少し顔が強張っている。笑いをこらえているようだ。

「ま、というわけで、正式にペーパーバッグとサナトリウムは連合を組んで、アサイラムを叩く。いいわよね?」

「もちろん」美澄が頷く。「こちらこそ、よろしく」

 また夜に会いましょうと、里依紗は背を向けて建物の中に戻っていった。

「なんか、訳の分からない展開だけど、どう見ればいいんだろうね」

 そんなことを言いながら、美澄がジュースのパックのストローをくわえつつ、こちらを見る。見られてもなぁ。

「とりあえずは、頭数は揃う、ってことじゃないの?」

「百戦錬磨のハウンドに、全く経験のないど素人が頭数を揃えて、どうなるのかなぁ」

 どうやら美澄は悲観的なようだ。深雪は何かを考えているようで、黙っている。もしくはちょっとずつ食べているパンに集中しているか。

 学校が終わって、家に帰り、宿題などをやっているうちに夜になる。

 二十二時前に外へ出て、小走りにペーパーバッグのケージにへ向かう。

 野性解放時間が始まり、ペーパーバッグのケージが見える。横手から美澄と深雪もやってきた。三人でケージを抜け、ビッグゲームがスタート。

 ピースに向かううちに、バラバラにウサギのシーカーがやってくる。どこか不安そうで、怯えているが、彼らがサナトリウムのメンバーなんだろう。顔を知っている人は、ほんの少しだ。

「ごめん、遅れた」

 勇敢なるウサギ、大石里依紗も合流した。

 ピースがはっきり見えた時には、俺、美澄、深雪、里依紗に加えて、全部で六人のウサギのシーカーが、集団を組んで先へ向かう。

 数の上では十人。アサイラムの九人の黒犬のシーカーとは、数では互角だが、練度が違う。

「やってみるしかないな」

 思わず呟いていた。

 シーカーにはまず美澄が触れた。抱えて、反転。

 ざわっと周囲からシーカーが迫ってくるのが、よく見えた。

 ハウンド、じゃない。

 アサイラムとは無関係のシーカーだ。

 俺たちは激しく争い、そのシーカーの群れを突破する。

 サナトリウムのウサギのシーカーが、二人、脱落している。

「来るよ!」

 里依紗が叫ぶ。

 こちらに九人のシーカーが向かってくる。黒い犬のシーカー。

 ハウンドだった。

 俺は覚悟を決めて、彼らを見た。

「左は私が抑える」深雪が囁く。「あなたたちで右を」

 頷いて、俺と里依紗が右へ、深雪は左へ進路を変える。美澄にウサギのシーカーが二人つき、先行していった。

 俺と里依紗は、四人の黒犬のシーカーと衝突した。

 四人?



(続く)

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