10-2 意思表明

     ◆


 攻防はそれほど長引かなかった。

 俺と里依紗の方へ向かってきた四人は、そこそこの使い手で、俺と里依紗は苦戦した。

 もう一方、逆サイドでは、深雪が三人を相手にしている。

 よく見えなかったが、この三人は普段からハウンドとして組んでいる三人のようで、抜群の連携を見せ、深雪を足止めした。

 要点は美澄を追わせないこと、孤立させることだったのだ。

 美澄に背後から、残りの二人が迫る。

 もう俺たちに手段はない、全員が混戦の中で手を離せなかった。

 俺が見ている目の前で、美澄の肩にハウンドの一人の手が触れる。

 ぐっと体を回転させ、それを振りほどくが、もう一人が半ば抱きつくように美澄を拘束しにかかった。

「あ」

 思わず声が漏れていた。

 美澄の姿が黒い影に変わる。

 黒猫の特性、特殊能力。

 しかし影でいる間は、ピースを保持できない。

 影になる寸前、美澄は前方にピースを投げていた。

 目標を失った黒犬のシーカーがすぐに姿勢を取り戻し、ピースに飛びつく。

 美澄も影から実体を取り戻し、ピースに向かう。

 美澄が早いはずが、ハウンドも抜かりはなかった。

 二人の片方がピースを、片方が美澄の妨害に動いた。

 美澄の方が早く手が届きそうなのに、一瞬後には美澄は足を掴まれ倒されるだろう。

 ピースは、奪われる。

 そのはずだった。

 ハウンドの手が、美澄に届かない。

 そのシーカーは、頭上から落ちてきた小さな影に踏み潰されていた。

 一瞬、しんと場が静まりかって気がした。

 美澄がピースを抱え、振り返っている。足を止めるのは、油断だった。

 しかし、やはりそれでもハウンドの手は美澄に届かない。

 二人の猫のシーカーが、ほとんど同時にその一人を蹴り飛ばしたからだ。

「さっさと行きな、お嬢ちゃん」

 二人が同時に言う。

 その二人は、鳳朝凪、鳳夕凪だった。

 そして美澄を襲った方のハウンドのシーカーを踏み潰したのは、鳳嵐。

 美澄が再び駆け出すが、誰も追いかけない。

 その場では、非常に珍しいことながら、ピースを追わずに、シーカー同士が睨み合っていた。

「宣言します」

 そう言って進み出てきたのは、猫のシーカーの女性。

 鳳風子だった。

 彼女の背後に三人の妹、朝凪、夕凪、嵐が並ぶ。

「明日羅は今回の騒動において、ペーパーバッグに加勢し、アサイラムと敵対することを、ここではっきりさせます」

 これにはその場のハウンドたちもわずかに動揺したようだった。

 数の上では、美澄、深雪、俺、里依紗とサナトリウムの六人、そして明日羅の四人で、合計十四人。

 アサイラムより数の上では有利になった。

 この場にはアサイラムの全メンバー、九人が集結し、こちらを睨みつけている。

 俺は気が挫けないように、気合を入れて彼らを睨み返した。

「では、私も宣言しましょうか」

 そう言って次に進み出てきたのは、俺が初めて見る灰色の毛色をした猫のシーカーで、大学生くらいの年齢の男性だ。

「インターセプトはこの争いには加わらない。中立を宣言します」

「加わらない?」

 アサイラムのリーダーだろう黒犬のシーカーが進み出た。

「ビッグゲームはピースを取り合うものだ。今、この場では我々か、奴らか、どちらかがピースを獲得する以外の可能性がない。争いを放棄することは、ピースを放棄することだ」

「分かっていますよ。しかしこの争いは、なんというか、不毛だ」

 彼の背後にいる数人の猫のシーカーが笑い出す。それがまた、アサイラムのシーカーには敵意を燃え上がらせる要素だったが、俺にはどこか痛快だった。

 不毛か。

 その通りだろう。

「私にも意見を言う機会はあるのかな」

 シーカーたちの対峙の外側から、新たな声がした。

 全員が見る先、そこには、キツネのシーカーがいた。

 アロンフォックス、坂崎瑞穂が悠然と歩いてくる。

「アサイラム、くだらない対抗心を捨てろ。このビッグゲームは数を戦う遊びではないし、仲間を増やす遊びでもない。ピースを奪うなら、実力で奪え。その体と頭を使ってな。脅迫、恫喝、威嚇、挑発、大いに結構。だが、本当の力とは、それらを塗り替えるようなものだ」

 まずインターセプトのメンバーが数人、声を上げ、引っ張られるように、サナトリウムの数人が声を上げる。

 アサイラムの連中は明らかにバツが悪そうだった。

「くだらない宣戦布告など、取り消さないか?」

 瑞穂がそう促すと、アサイラムのリーダーは舌打ちをして、

「一人きりのキツネに、勝手なことを言われる筋合いはない」

 と、どうにか応じたが、周囲からは先程よりも多くのシーカーがブーイングを浴びせた。

 黒い犬のシーカーたちがたじろぎ、自分たちのリーダーを見る。

 何かを考えた素振りの後、その黒犬のシーカーは顔を上げた。

「今は手を引こう。しかし、我々は敵対するものを絶対に放置しない」

 その言葉に、だからね、と瑞穂が笑う。

「力で示しなさい、力で。彼らみたいにね」

 そう言って瑞穂が見る先は、里依紗で、深雪で、そして、俺だった。

 行くぞ、と小さな声で言うと、ハウンド三組、九人が引き上げていく。それを受けて、他のシーカーたちが歓声をあげる。

 どうやら騒動はこれで、落ち着くらしい。

 どこかから鐘が鳴り始めた。ビッグゲームは終わりだ。

 つまり、ピースはあのまま美澄がケージに運んだんだろう。

 何人かのシーカーが俺に声をかけて去っていく。俺なんて何もしていないのに。

 インターセプトのリーダーが、

「良い戦いを見せてくれたね」

 と言ってから、去っていった。

 そしてその場には、俺と深雪、里依紗とその仲間、そして明日羅と、アロンフォックスが残った。



(続く)

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