10-3 次の戦いへ

     ◆


「助けられたわね、結局」

 そういったのは風子で、じっと瑞穂を見ている。瑞穂が肩をすくめる。

「そういう明日羅さんこそ、良いタイミングだった。狙っていたんですか?」

「静観していた、って感じかな」

 その風子の言葉に、なぜか得意げに双子が背を反らす。

「俺からも感謝します、ありがとうございました」

 俺が頭を下げるのに、深雪も倣ったようだった。

「良いのよ、あまりあなたたちが派手にやっていると、私たちが割り込む余地がなくなっちゃうからね」

 風子が穏やかな声で言う。俺は顔を上げ、思わず笑っていた。

「さっきのタイミング、アサイラムを攻撃しないで、美澄を攻撃すれば、明日羅がピースを強奪できた。つまりここのところ、明日羅はわざと息を潜めていた、それは、静観していたって、そういうことでしょ?」

 風子は黙っているが、双子は隠しきれずにこちらに敵意の視線を向けてくる。風子自身は静かに笑みを見せている。

「本気でぶつかる時は、そうさせてもらいます。アサイラムとも、ペーパーバッグともね」

 そう言ってから、行きましょう、と風子が跳んで、双子が後を追っていく。

 最後に残った嵐が小走りに俺の横を抜け、深雪の前に立った。深雪が不思議そうな顔をしている。

 その深雪に嵐が手を差し出す。

「伝説の猛虎、憧れていました、握手してください」

 ……なんとも気が抜ける。

 深雪はちょっと眉のあたりをピクピクさせながら、無言で嵐と握手していた。微笑ましいが、笑うとどこか危険な展開になりそうだった。

 嵐がしばらく手を握ってから、頭を下げて姉たちを追いかけて行った。

「俺たちも帰りますんで」

 そのウサギのシーカーの少年の声をきっかけに、サナトリウムのシーカーたちも去っていく。

 例のアサイラムのシーカーに乱暴されたシーカーも、どこか楽しそうに去っていく。

 こうしてその場には、俺と深雪、里依紗、瑞穂だけになる。

「いつも通りにして、帰る?」

 里依紗がそう言いながら、横目に瑞穂を見る。

 瑞穂はちょっと意外という顔で、「私をなんで見るの?」と返している。

「いいじゃない、坂崎さん、付き合ってよ」

 俺が助け舟を出すと、渋々という感じで、瑞穂は、ついていくわよ、と応じた。

 四人で地上へ降りて、駅の方へ歩く。すぐに野性解放時間は終わり、耳も尻尾もなくなり、みんな普通の高校生になった。

 駅前に出ると、いつかとは逆で、駅の方から美澄がやってきて、信号で足止めされている。

 俺たちは彼女を待って、信号が変わって小走りに通りを渡ってくる様子を眺めた。

 まだ何も知らないはずだが、あの激戦をくぐり抜けてピースを獲得したせいだろう、美澄はいつになく嬉しそうで、ハイテンションな様子なのが、足の運びでわかる。

「何よ、みんなして、変な顔して。あれ、どうしてキツネが混ざっているわけ?」

 深雪がこちらを見る。里依紗もだ。もちろん、瑞穂も。

 つまり、俺に説明しろ、ってことか。

 五人で自販機の前へ移動しながら、俺は美澄にさっき起こったことを掻い摘んで説明した。

 飲み物を飲み終わる頃に、やっとおおよその事情を話し終え、

「なんか、私だけ蚊帳の外になったみたいで、嫌だなぁ」

 などと言いつつ、美澄がアルミ缶を握りつぶしたりした。

「じゃあ、サナトリウムとペーパーバッグの協力も、これで終わりってことで」

 まずそう言って、里依紗が輪から抜けた。

「助かったよ、ありがとう。またな」

 俺の言葉に、「次は敵同士だからね」と口にして、里依紗が帰っていく。送っていこうか、とはなぜか、言えなかった。どこか、彼女には彼女の時間が必要だろう、と思ったからだ。

「あなたたち、これから三人でやっていくの?」

 空き缶を自販機の横のゴミ箱に入れてから、瑞穂がこちらを見る。

 俺と美澄、深雪が視線を交わし、美澄が代表して答える。

「そうなりそうね」

「猛虎も戻ってくるのかしら?」

 反射的に深雪を見ると、ものすごい目で睨まれたので、すぐ外した。怖い。

「私も今ままで通りに元に戻る。あまり戦いは好きじゃない」

 どうやら、また深雪は傍観者の立場に戻るらしい。

 それは残念ね、と言いながら、瑞穂がこちらに背を向ける。

「あなたたち、結構、面白いわよ」

 背中でそう言って、瑞穂も帰っていく。面白いって何よ、と唇を尖らせて、美澄がボソッと言う。

 その場には俺たち三人だけになる。

「まぁ、俺たちも帰るか。もう遅いし」

「そうね」

 美澄が握りつぶして変形した缶を強引にゴミ箱に突っ込んだ時、「あのさ」と深雪が声を出した。俺と美澄がそちらを見ると、深雪が斜め下を見ながら、言う。

「ラーメン、食べたい」

 ……どういう意味だ?

「駅の裏に、屋台のラーメン屋さんがある」早口で深雪が言う。「夜食、食べて、帰りたい」

 今までこんなことはなかった。ラーメンを食べることもだけど、深雪がそんなことを言ったのは、初めてだった。

 顔を上げて、深雪が俺たちを見る。

「思い出深い日の、記念に」

 まぁ、良いか。財布の中にはとりあえずの金もあるし。

「じゃ、行くか」

 俺が頷くと、美澄も、こんな時間に食べると太るんだよなぁ、と言いながらもそれでも了解した。

 三人で駅の裏へ抜けると、確かに屋台のラーメン屋が見える。ちょうど客はいない、というより、深夜なので、そもそも人がいない。駅前の交番にいる夜勤のお巡りさんの視線の方を気にした方がいいだろう。

 ラーメンの屋台に近づいて暖簾というか、幕のようなものを手で持ち上げてみると、熱気と美味そうな出汁の匂いがした。

 老人の店主がこちらを見て、「いらっしゃい」と言う。席に三人で並ぶ。何があるんだろう?

「大盛り? どうする?」

 いきなり店主にそう言われて、「ふ、普通で」と答える。

 どうやらメニューも何も、ラーメン一つしかないんだろう。

 そうしてすぐに俺たちの前にはそれぞれラーメンが盛られた丼が置かれた。

 この日に食べたラーメンは、俺がそれから食べるラーメンのどれとも違う、特別な味になった。



(続く)

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