9-4 何があっても世界は壊れない
◆
私と都成くん、里依紗の即席のトリオは、比較的うまく機能した。
それは単純な理由で、ハウンドが三人一組を基本としているためで、つまりハウンド一チームと衝突するとなると、数の上では五分になる。
今になってみれば、これまでは数的不利で戦っていたわけで、地味にそれが大きな要素だったのだ。
ピースの獲得はやはりハウンドが有利で、それは彼らがついに私たちに対してアサイラムの全戦力、ハウンド三チーム、九人をぶつけてきたからだ。
総力戦、と言えば聞こえは良いかもしれないけど、実際には一方的な弾圧だ。
私、都成くん、里依紗に、それぞれ二人の黒犬のシーカーが張り付いて、ピースに近づくことを許さない。
この段階で三人のアサイラムのシーカーが自由なわけで、彼らは一騎当千、他のシーカーを出し抜いて、ケージに走るのに少しの不足もない。
私たちは激しく議論して、最後には、疲れ切って解散する、という日々が続いた。都成くんは何を考えてるのか、黙っていることが多い。
そんな中で、ペーパーバッグのケージを出ると、数人のウサギのシーカーが待ち構えている、ということがあった。
誰かと思えば、それは、サナトリウムのメンバーらしい。
彼らはどこか怒りを滲ませて、勇敢なるウサギを返してくれ、と言い募った。
それに私が反論する前に、爆発したように里依紗本人が反論し始めた。激しい口調でだ。
戦いを放棄している奴らが勝手ことを言うな。
他人に全てを任せていて楽しいか。
自分のことしか考えない無責任な奴が意見するのか。
ウサギのシーカーたちは鼻じろんだようだったが、ほとんど懇願、哀願するように、里依紗の反論に反論した。
自分たちは静かに過ごしたいだけで、争いなんてしたくない。
口々に上がる声は、そんな趣旨だ。
私は端で聞きながら、それでもいいかもしれない、と思っていた。
誰が何を考えようと、どう行動しようと、九割九分九厘の人間は、その行動で世界を崩壊させたりはしない。誰がどこでどんな風に生きても、世界は世界のまま、存在する。
この野性解放時間にだけ現れるビッグゲームという世界も、アサイラムがどんな暴挙に出ても、変わることも終わることもないらしい。
だから静かに過ごしたい、争わずにいたい、となれば、そうすればいい。
きっと世界はそれも受け入れるだろう。
「じゃあ、私はサナトリウムを抜ける」
その一言で、サナトリウムのメンバーはいよいよ狼狽えた。
めいめいに意見を口走っていて、彼らが勇敢なるウサギを崇めているようにしか見えなかった。
そんな対象にされるのも、負担だろうな。ちょっと同情する私である。
結局、サナトリウムのメンバーは、里依紗に、あまり派手にやらないでくれ、と最後に言った。
それに対する里依紗の反応は、
「アサイラムがあなたたちを襲うことはないから安心しなさい」
だった。
彼らが去る頃にはとっくに野性解放時間は終わっていて、ケージも消えているし、耳も尻尾もなくなっている。
三人で駅前へ向かう途中で、里依紗が謝罪した。都成くんが軽い調子で受け流す。申し訳なさそうに里依紗が囁くように言った。
「彼らは、臆病なのよ」
「わかってる」
私はそうとだけ答えた。
シーカーになってから、その力を積極的に使おうとしない人には、大勢、会った。
それが悪いことだとは思わない。生き方は人それぞれだし。
深雪と合流して、作戦会議も終わり、家に帰る。今日は家族は不在だった。
翌日の夜のビッグゲームで、異変は起きた。
私たち三人がピースに向かうと、すでに数人のシーカーがそこにいたのだが、動きを止めている。
何があったのかと思ってそこに加わると、私の横で小さく里依紗が息を飲んだ。
ピースに手も触れず、ハウンドの黒犬のシーカー三人が立っている。
そのうちの一人が、ウサギのシーカーを羽交い締めにしている。それも見せつけるように。
そのシーカーは昨日、私たちのケージまでやってきた、サナトリウムのメンバーの一人だった。
「ペーパーバッグと、勇敢なるウサギよ。戦いを放棄しろ」
黒犬のシーカーがそう言うと、周囲のシーカーが一斉にこちらを見た。
ハウンドと私たちは睨み合う。
そこで、拘束されているウサギのシーカーが叫んだ。
「戦ってくれ! 俺のことは構わず」
次の瞬間、勢いよく、そのシーカーは足元、民家の屋根に叩きつけられた。
ビッグゲームでは痛みも傷も疲労も伴わないが、しかし精神は通常世界と変わらない。
恐怖はあるのだ。
倒れこんだシーカーを持ち上げ、もう一度、墜落させる。
「まだ戦うか?」
黒犬のシーカーの言葉に、私は唇を噛み、何も言えなかった。
「戦うわよ」
答えたのは、大石里依紗だった。
怒りに燃えた視線でハウンドを睨みつけ、次の瞬間にはピースに飛びついている。
混戦になるかと思ったが、周囲の他のファミリーのシーカーは見ているだけだ。
どこからともなくやってきた他の二組のハウンドのシーカーたちが私たちを退け、ピースは持ち逃げされた。
追いかけるが、追いつけない。
追随する里依紗が何かを叫んだ気がした。
私も頭の中が熱でいっぱいだった。
こんな卑怯な奴らに、負けて良いわけがない。
前方のピースが、限りなく遠い。
私は、無力か。
私も、叫び出したかった。
と、何かが宙を横切ったかと思うと、ピースを獲得しているハウンド一組に飛び込んでいる。
段違いに素早い動きだった。
目の前で三対一の争いが起こり、誰かがピースを奪い取り、こちらへやってくる。私たち三人も素早く反転するところへ、追いついてくる。
「深雪……!」
ピースを持っているのは、八代深雪だった。
(第9話 了)
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