9-3 前触れもなくやってきた共闘者
◆
九月になり、ビッグゲームの様相は動かなかった。
アサイラムが常にピースを手にして、その独占の色は濃くなっていく。
しかし大抵のファミリーはアサイラムをどうすることもせず、挑んでいくのはペーパーバッグの私と都成くんくらいだ。
不自然なほど、ハウンドの誰かがピースを手にした途端、シーカーは力を抜いている。
明らかにビッグゲームは本筋を外れて始めていた。
私と都成くんは頻繁に話をして、対抗策を練っているが、うまくいかない。
その夜のビッグゲームも、混戦の中からどうにか抜け出したところで、ハウンド二組の執拗な追跡を受けていた。
どうにかしてふり切りたいが、難しい。
連携技を出そうにも、二対六ではごまかしにもならない。
口の中で毒づきつつ、先へ進む。
来た。
屋根から屋根へ走る私の側面から、二人のシーカーがぶつかってくる。
ひらりと地上へ降りる。
地を走る犬のシーカーが二人。こちらへ向かってくる。ビルの壁を蹴って、可能な限り早く地面を目指す。
着地し、疾走。
後方、頭上から犬のシーカーが襲いかかってくる。
唯一の頼りの都成くんはいない。この場にいないハウンドに抑えられているんだろう。
ダメか。
観念しても、最後の最後まで、諦めない。
走り続ける。
走り続ける私の頭上で、小さな悲鳴が上がったのは、その時だ。
見るより前に、横に降り立ち並んで走るシーカーがいる。
ウサギのシーカー。
しかし都成くんではない。
「後ろの奴を引き受けるから、先に行きな」
そう言ったのは、勇敢なるウサギだった。
私は突然のことに礼を言うこともできず、ただ頷いて、先を急いだ。
後方からのハウンドの追跡は、ただの一人だけで、私は追いつかれることなく、ケージに飛び込んだ。
久しぶり、十日以上ぶりの戦果だった。
ぐったりとケージの中で座り込んでから、のろのろと外へ出る。
勇敢なるウサギが座り込んで、上を見上げていた。夜空でも見ているのだろう。
そこへ都成くんが戻ってくる。驚いているのは雰囲気でわかる。
「勝ったのか? どうやって?」
そう訊ねる都成くんに、顎をしゃくって里依紗を示す。
「そこにいるウサギが加勢してくれてね。都成くんが手を回したんじゃないの?」
「いや、俺は何もしていないよ。どういうこと? 大石さん」
まだ空を見ている里依紗が、ゆっくりとまず都成くんを見て、次に私を見た。
「アサイラムの連中がやっていることは間違っている」
やっぱりこういうことを考える人もいるんだな。
それが第一感だった。
私が何も言わないと、里依紗が顔をしかめる。
「ビッグゲームはハウンドどものためにあるんじゃない。私はあいつらに抵抗したい。そのために、ペーパーバッグに加勢する」
おいおい、と都成くんがうろたえる。
それもそうだろう。勇敢なるウサギは、一人きりではない。ファミリーに所属しているのだ。名前は、サナトリウム、だったか。
「仲間がいるじゃないか、彼らも大石さんに賛成、とは思えないけど」
都成くんの指摘に、仲間は関係ない、とあっさりと里依紗は応じた。
「彼らは戦う気力がない。どうなっても良いと思っている。私は彼らに言ったわよ。正しいことをしよう、間違いを正そうって。でも誰も、アサイラムと衝突することを良しとしなかった。だから、ファミリーを抜ける、と私は言ったの」
「それで?」
「彼らはそれだけはやめてくれ、と懇願してきた。だったら戦いなさい、とこちらも考えを押し付けた。彼らは黙っちゃった。本当に、腰抜けなのよね」
里依紗が鼻で笑う。
「だから私は、私の独断を容認するように、誘導した。結果を言えば、サナトリウムというファミリーは、アサイラムと敵対しないけど、勇敢なるウサギはハウンドどもと戦うことにした」
私は都成くんを見た。都成くんは肩をすくめている。
こうなっては仕方ない。
「どういう形で協力してくれるの?」
思わず訊ねると、さっきみたいにする、という返事だった。
「とにかくピースを奪って、ペーパーバッグのケージに運ぶ。それでアサイラムは困ったことになる」
「ルール違反じゃないけど、それじゃあ、あなたにはピースを分解して、能力に還元する権利が生じないじゃない。それでいいの?」
「構わないわ。戦いたいだけなのよ」
立ち上がった里依紗がこちらへやってきて、手を差し出す。
「いつまでかは分からないけど、協力させて」
「同盟成立、って感じね」
私は彼女の手を取って、ぐっと力を込めた。
それから里依紗は都成くんとも握手をした。どことなく、都成くんはホッとしたようだった。
鐘が鳴り、ビッグゲームが終わる。
三人で駅前へ行き、深雪と一緒になる。深雪はあまり驚かず、よろしく、とだけ言って里依紗と握手した。
深雪はきっと、例の商業ビルの屋上から、私たちの戦いを見ていて、勇敢なるウサギの加勢も見ていたんだろう。
自販機の前でいつものミーティングをして、解散になる。
いつも通り、都成くんは私を送ってくれた。都成くんと家が近いという里依紗も付いてきて、私がマンションの玄関のドアを閉める前に振り返ると、二人で並んで去っていくのが見えた。
どこか心がざわつくが、まぁ、無視するべきだろう。
部屋に帰ると、週末だからだろう、父親が一人で缶ビールを傾けながら、本を読んでいた。
私を見て「おかえり」と笑う。「ただいま」と返すと、
「何か楽しいことがあったか?」
と、訊かれた。
どうかな、と答えて、私は自分の部屋に向かった。
自分は楽しいと感じているらしい。
そう気づくと、確かに少しだけ気持ちが高揚している気がした。
(続く)
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