9-2 苦戦の連続

     ◆


 二十二時に、私はこっそりと家を抜け出した。

 ビッグゲームが始まり、体に力がみなぎる。

 ケージへ走り、到着寸前に都成くんと鉢合わせした。挨拶もそこそこに走り抜け、素早くケージを抜ける。

 跳ね上がり、建物の上へ。

 周囲を見回す。

「あっちだな」

 すっと都成くんが指差す方にピースの光がある。

 私は頷いて、駆け出す。

 しかしここ数日、例のアサイラムの宣戦布告の後から、私たちにつきまとうシーカーがどこからか現れ、まとわりつく。

 特にルールはないが、ピースを持っていないシーカー同士が争うことは滅多にない。今も私にも都成くんにもシーカーは仕掛けてこない。少し離れて、遠巻きに追跡してくる。

 身体能力の差があるので、じりじりと彼らを引き離すが、これはあまり意味がない。あるとすれば、ピースの争奪戦に早く加われるだけ。

 ここで追跡者を置き去りにしても、結局は私か都成くんがケージに戻らないと、勝ちにならない。

 つまり、言って見れば往路を行く私たちに引き剥がされても、その場で待っていれば、今度は復路をやってくる私たちを待ち伏せすることができる。

 しかも戻ってくるということは、私たちはピースを持っていることになる。

 仕方ない、この程度のことは想定内だ。

 ピースがはっきり見えてくる。

 すでに四人のシーカーが激しく奪い合っている。ハウンドはいない。

 油断することはできない。

 宣戦布告以降、ハウンドは混戦には積極的に加わらない。

 私たちが参戦するのと同時に、突撃してくる。

 でも私も都成くんも、混戦に加わらないわけにはいかない。

 今、まさに飛び込み、私の手が猫のシーカーの手からピースを弾き飛ばす。

 それを追って、都成くんが跳躍、確保。

 瞬間、周囲のシーカーが途端に団結したように、都成くんに飛びついた。

 ギリギリでピースは私の手に渡っている。

 団子になったシーカーたちを横目に、現場を離脱する。

 これで終われば簡単なのだが、既に敵は見えている。

 ハウンドが一組、こちらへ向かってくる。いや、もう一組、地上で追跡しているのが、感じられる。

 つまり逃げ場はない。

 速さ比べをしようにも、私にも都成くんにも、鍛え上げられた猟犬であるハウンドを構成するシーカーを、振り切れる力はない。

 チラッとペーパーバッグのケージが見える。

 屋上を行くハウンドの黒犬のシーカーが散って、三方向から襲いかかってくる。

 一人目をどうにか回避、姿勢が乱れるのは仕方ない。

 二人目の打撃で、屋根を蹴ろうとしていた足が空を切る。

 それでもピースを抱えていたが、三人目の手が伸びる。

 私は明後日の方向へ、ピースを投げた。

 全員が見ている先、追いかけてきていた都成くんの手に、ピタッとピースが収まる。

 でも私は、勝った、とは思わなかった。

 必死の顔で、身を捻る都成くんに地上を移動していたハウンドの激しいアタック。

 腕の中からピースがこぼれ、黒犬のシーカーがそれを確保し、即座に逃げを打つ。

 六人のシーカーがまとまってケージへ向かっていく。

 私も都成くんもそれを見送るしかなかった。

 ここのところ、こればっかりだった。

 アサイラムはすでにほとんどピースを独占している。それとは別に、おおよそのシーカーがアサイラムにおもねって、私たちを敵視している。

 アサイラムのメンバーは地力があり、その強さが、どこか自分たちを王者として意識することを促しているような気もする。

 本来はそんな階級のようなものはないはずなんだけど。

 ビッグゲームはその原理が歪み、バランスを欠いている。

 私は唾でも吐きたかったけど、下品だし、そんなことをしても何も変わらない。

「どうしたら逆転できるんだろうな?」

 私の横にしゃがみ込みながら、都成くんが呟く。

「とにかく戦って、勝つしかないわね」

「あまり勝てる気もしないけど」

「訂正。ピースを奪い合う争いは、はっきり言って勝ち目がない。ただビッグゲームの参加者としての勝利は、それとは別じゃない?」

「参加者としての勝利?」

 こちらを都成くんが見上げる。私は口角を上げて、答える。

「ビッグゲームを楽しむ、ってこと。こうやって強すぎる相手をどうやって倒すか考えたり、それを試して、失敗したり、成功したりするのが、私は楽しいと思うけど、どう?」

「まぁ、おおよそ、わかるよ。俺も俺で、そういう側面では楽しんでいる。ただ、やっぱり勝ちたいかな」

 強欲なこと、とは言えなかった。

 私も勝ちたいとは思っている。アサイラムに徹底的に潰されて、それがずっと続けば、やる気を失うかもしれない。

 でもそれはかなり先になるだろう。

 今、私も確かに楽しんでいる。

「帰ろうか」

 鐘が鳴り始めたので、さっと地面に降りる。

 駅前へ移動しつつ、今日のビッグゲームの振り返りをしているうちに、私からも都成くんからも耳と尻尾はなくなり、通常の世界に戻る。

 深雪と合流し、ジューズを飲んで、どうやったらアサイラムを出し抜けるか、考えたけど、名案も妙案も出なかった。

 都成くんに送られてマンションに帰る。

 部屋に入ると、すでに家族は眠っているようだった。私は静かにシャワーを浴びて、自分の部屋に戻り、ちょっとだけ寝台に腰掛けて、考えた。

 どうやったら勝てるだろう?

 考えても、答えは出なかった。

 ビッグゲームの原則を取り戻すためには、このファミリー同士の抗争をやめるしかない。アサイラムを倒せるだろうか。それはきっと、不可能だ。

 なら、ペーパーバッグが消滅するしかない?

 それは、嫌だ。

 寝台に倒れ込み、私はじっと天井を見た。

 恩人の顔が、そこでちらついているような気がした。



(続く)

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