第9話 宣戦布告
9-1 前触れのない宣戦布告
◆
私、景山美澄の考えとはいえ、ピースを力に変えたのは、都成くんには劇的に作用した。
動きが機敏になり、感覚さえも研ぎ澄まされたようだ。
連日のビッグゲームで、ほぼ確実に一つを確保し、私たちはそのうちの半分は貯めることなく、二人の間で能力の上昇に変えるようになった。
「八代さんにも力は流れているよね?」
不安そうに都成くんが訊ねてくる。
「もちろん。深雪だって仲間じゃないの」
よかった、と都成くんは安堵したようだった。
私たちが勝ち続けているうちに、八月も月末が近づいてきた。
その頃に、明らかに私たちに対する周りからの動きに変化が出てきたのに、さすがに私も気づいた。
一部のシーカーが、私たちが真っ先にピースに向かうことを見越して、張り付いている。
そしてこれも一部のシーカーだが、私たちの動きを先読みして、私たちがケージに戻る道筋で待ち構えていることもある。
最後まで気が抜けない、と言葉にすれば簡単だけど、実際には難しい。
ケージに帰るのを避けることはできないし、ケージを塞がれていては、ビッグゲームから上がれない。
結局、都成くんと協力して、すり抜けるしかない。
いよいよ複雑になってきたブラインドを駆使して、私の背後から都成くんが飛び出したかと思わせて、都成くんを止めようとすると、彼の影から私が飛び出す、なんでこともザラだ。
その日もどうにかこうにか、ケージに飛び込んだ。
「露骨にマークされているな」
座り込みながら、都成くんが首を振る。私は持っていたピースをそっと貯められているピースの群れに押しやる。
「これぞビッグゲーム、って私は思っているけど?」
「こっちは二人なんだぜ。不利すぎるだろ。いや、仲間を増やそうとは言わない。ただ、連中が結託したら、俺たちはピースの争奪戦どころじゃないよ」
「それでも勝つのが、真の強者にして、真の勝利者、とでも思っていなさい」
強気だな、と言って、ばったりと都成くんがその場に寝転がる。
翌日も、その翌日も私たちは対処しきれないほど大勢のシーカーの攻勢を受けて、苦労した。
どこかの犬のシーカーがピースを取って、逃げ出そうとする。
そこへ私は食いつき、奴の手からピースがこぼれる。
さっと都成くんがそれを奪う。
と、猫のシーカーが都成くんの足を掴み、空中で体が停止、勢いを殺しきれず、引き戻され、姿勢が乱れる。
ただ、私はもう姿勢を取り戻している。
ほとんど都成くんに飛びつくようにして、ピースを譲り受け、現場から逃げ出す。
シーカーが追随してくるが、間合いは縮まらない。
犬のシーカー、ウサギのシーカーにも基礎能力では劣るけど、猫のシーカーの限界に挑む気持ちで、逃げ続ける。
それでもその存在には気づいていた。
側面から三人組のシーカーがまとまってやってくる。チラッと見ただけで、すぐにその三人が黒い犬のシーカー、アサイラムのハウンドの一組だとわかった。
ケージに向かいながら、屋根の上を走るのは危険。見通しが良すぎる。わざと進路が限定される地上へ降りる。
通りを走り抜け、路地に飛び込み、また路地へ。
周囲に耳をすます。これもウサギのシーカー独特の聴覚の鋭敏さには負けるけど、相手がどこにいるかをおよそ把握。
私が屋根の上に出てくるのを待ち構えて飛び回っているシーカーがいる。全部で、五、いや、六人。
ハウンドは地上へ降りているようだ。まだ三人固まって、こちらを追ってくる。それも正確に。ウサギのシーカーと同様、種族の特徴として犬のシーカーは鼻が利く。姿が見えなくても、痕跡を追ってくる寸法だ。
構わず、全速で走り続ける。
通りに出て、構わずに走った。
横手から、何かが突っ込んでくる。黒い犬のシーカー。予想外の位置。
混乱しつつ、身を捻って回避。
だめだ、二人目が来る!
意識するのと同時に、不自然な姿勢の私は受け流すこともできず、肩からの体当たりを受けて、転倒していた。
手からピースが離れる。
三人目の黒犬のシーカーがピースを拾い上げ、跳び上がり、そばの建物の屋上に立った。
私が起き上がる頃に、そこに三人のシーカーが並んでいた。なぜ逃げない? 他のシーカーたちも動きを止め、こちらを見ている。
「ペーパーバッグのシーカー!」
黒犬のシーカーが怒鳴る。
「我々、アサイラムはペーパーバッグに宣戦布告する! 今後、お前たちが手に入れるピースは存在しない!」
訳がわからなかった。宣戦布告?
「最強のシーカーは俺たちだ! それをはっきりさせてやる!」
周囲の他のファミリーのシーカーたちが何かを呟き、騒めきのようなものが広がった。
さっと身を翻し、アサイラムの中の一組、ハウンドは背を向けて去って行った。
「あれはどういう意味?」
空から都成くんが降ってきて、私に手を貸して立ち上がらせる。
「宣戦布告は、噂では昔、あったらしいけどね」
私は服のほこりを払いつつ、顔をしかめる。
「とにかく、アサイラムは私たちにピースを渡すのを拒絶すると宣言したし、宣戦布告には別の側面もある」
「どういう側面?」
「他のファミリーに、どちらの陣営につくか、迫るような側面ね。もしかしたら、ペーパーバッグは村八分になるかもしれない」
村八分って、と都成くんが顔をしかめる。
「とにかく、次からは激戦よ。今までも他のファミリーは私たちを気にしていたけど、これからはアサイラムという後ろ盾を持って、堂々と潰しに来るかもしれない」
「どうやったらそれを排除できる?」
そんなの、決まっているじゃないの。
「勝つことよ。アサイラムを弾き返す」
「弾き返すって、そんな簡単に言うけど……」
仕方ないわ、と私は肩をすくめる。
「最強の三人組が三つ、全部で九人が、間違いなく、私たちを狙ってくる」
どこかから鐘が響き始めた。
(続く)
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