8-4 過ぎ行く戦いの夏
◆
お盆が過ぎて、八月も下旬に入った。
やっと成果が出始めていた。休みなく続くビッグゲームで、ピース争奪戦は新しい局面を見せていた。
俺と美澄は二人で組んで、中位程度のファミリーと拮抗し始めたのだ。
さすがにまだハウンドには及ばない。でも例えば、中程度のレベルで最も名が通るインターセプトのシーカーが相手なら、五分五分になる。
美澄は混戦の後半まで黒猫の特性を発動させるのを遅らせることができて、それが大きな意味を持ち始めた。
混戦が終息し、ピースの獲得者が絞り込まれたタイミングで、さっと美澄がピースを掠め取るのだ。
ブラインド、そしてスイッチングは自然と形になり、それが混戦の中で勝機を逸することを減らしていた。
その日も、敵味方入り乱れた状態から、脱出し、俺がピースを持って先行していた。すぐ後ろを美澄が追ってくる。
側面から犬のシーカーが追随してくるのが見えた。
追いつかれるかもしれないが、力を振り絞れば、突き放せるか。
何かが下から向かってくる気配がした。
合図も何もなく、俺は素早く前に向かってそっとピースを投げた。
真下から突き上げてきたのは、アロンフォックス、坂崎瑞穂だ。珍しいことだ。
俺の体が泳ぐ横を素通りし、美澄が俺が手放したばかりのピースを確保する。そのまま前進、ケージへ突き進む。
瑞穂に衝突された勢いで俺は放り出されていて、わずかな滞空の後、着地。瑞穂はすでに走り出していて、俺も追いかける。
瑞穂にしては珍しく、漁夫の利を狙ったようだけど、あるいは俺と美澄を意識していたのかもしれない。
瑞穂を追いかけている俺だが、間合いが狭まるどころか、徐々に広がっていく。逆に瑞穂と美澄の間は狭まっていく。
くそ、運動能力に差があるのが、もどかしい。
そこへ側面から美澄に犬のシーカーが一体、襲い掛かる。器用にやり過ごす美澄だが、短い時間、足が止まる。グンと瑞穂が加速。
俺は必死で前に進むが、目の前で、瑞穂の手が、素早く美澄の手からピースを掠め取る。
瑞穂の蹴りが、美澄を弾き飛ばす。
ギリギリで追いついた俺が瑞穂に手を伸ばすが、彼女は身を捻って回避すると、俺も蹴り飛ばし、その反動で宙に舞う。
落下しながら、俺は目の前で空中からこちらを見下ろす瑞穂を、思わず睨みつけていた。
澄ました顔で瑞穂が屋根に降り立つのと同時に、俺は背中から地面に落ちていた。
「いてて」
痛くはないのだが、そんなことを言いつつ、起き上がる。
誰かが屋根の淵に立ったと思うと、美澄だった。遠くを見ている。おそらく瑞穂を見ているんだろう。しかしさすがに追いつけないはずだ。
俺は立ち上がり、ひとっ飛びで屋根に上る。美澄の見ている先を追うと、小さく光るピースが見えた。もう勝敗は決している。
「惜しかったな」
思わずそう言うと「悔しいなぁ」と美澄が呟く。
「ピースを消化するべきかもね」
その発言に俺は面食らったけど、平静を装って彼女を見た。美澄は何か考えている様子で、黙っている。
ペーパーバッグではピースを溜め込んでいて、ここのところ、俺と美澄で集めたものも、既に確保されていたピースの群れに付け加えられていた。
全部で四十個を超えているはずだ。
俺と美澄で集めたのが十個程度で、あるいは俺がその十個に関しては、何かの意見を言う権利があるかもしれないけど、あまり考えたことはなかった。
確かに俺が獲得に加わり、働いてもいるけど、俺だけの力で手に入れたわけでもない。
美澄にだって主張する権利があるし、俺からすれば美澄は師匠のようなもので、それもあって、彼女に意見したりする気になれないこともある。
どちらかといえば、俺の意見よりは彼女の意見や考えを優先したかった。
しばらく黙っている美澄だが、帰ろうか、と顔を上げた。
二人で地上へ降りる頃、鐘が鳴り始める。
「充実した夏休みになったわね」
ここのところ、深雪も合流して、三人で自動販売機でジュースを買って、それを飲んでから解散することがある。深雪がビッグゲームをどこかから俯瞰しているので、意見を交換して、効率や戦略、戦術を考える。
二人で歩きながら、美澄が喋る。
「久しぶりに、四六時中、考えることもあったし」
「俺もだな。連携は今でも、ずっと考えているよ」
「ビッグゲームのことを二十歳になったら忘れちゃうなんて、嘘みたい」
俺にはあまり実感のない規則のままなのが、その年齢制限による資格喪失だった。
実際に親しくしたシーカーがいなくなったこともないから、あまり想像できない。
春日駅の駅前に出ると大通りの向こうから深雪がこちらへやってくる。彼女がちょっと手を挙げて、信号が変わるのを交差点の向こうに立って待っている。
俺と美澄も足を止めて、俺は車の通りもほとんどないその空間を何気なく見渡した。
信号が変わり、深雪が合流する。お疲れ様、などと言いつつ、すぐに美澄と深雪が話し合いを始めた。その間にも歩き続け、すぐそばにある薬局の前の自販機、いつもの場所でそれぞれに飲み物を買った。
スポーツ飲料を飲みつつ、三人で話をして、それでも三十分ほどで切り上げた。
別れ際、美澄が言った。
「ピースを三つばかり、分解して能力に還元しようと思う」
深雪は「そう」としか言わない。
俺はまじまじと美澄を見ていた。彼女がこちらを見る。
「いけない?」
「それで良いのか?」
良いのよ、と美澄が頷いて、雑に俺の腕を叩いた。
その翌日のビッグゲームの開始と同時に、ケージの中で俺たちは三つのピースを分解し、能力をわずかに底上げした。
(第8話 了)
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