第5話 苛立ちと迷い
5-1 いつかは変えなくてはいけないこと
◆
私、景山美澄がその宣言をした時、相棒であるところの八代深雪は、
「そうね」
としか、返事をしなかった。
「嫌じゃないならいいんだけど、嫌じゃないみたいね」
場所は春夏高校の屋上で、例の男子はまだ来ていない。
すでに私はお弁当を開けているし、深雪もパンを食べ始めている。ちょっとだけ小動物っぽい動作だ。
「美澄が決めたなら、それで良いと思う」
「ペーパーバッグの主張、前に決めた時のことは、私も忘れてないつもりだけど」
「それは私も覚えている」
ペーパーバッグの主張、と私と深雪で決めた文言は、ただの一ヶ条だ。
それは、二人だけで戦い抜く、というそれだけだ。
つまり例の男子を混ぜることは、ただ一ヶ条のその約束を、破ることを意味している。
私はその違約を気にする気持ちだったけど、深雪はあっさりとそれを許した。
「いつか、変わらなくちゃと思っていたわ」
パンを見つめながら、深雪が言う。表情には感情はうかがえないが、私にはわかった。
深雪は深雪で、心を決めているようだ。
「いつまでも、変わらない気持ちでいるのは難しい。正しい方向へ、もしくは誤った方向へでも、変わっていかなくちゃ、新しい地平には立てない」
「小難しいことを言うわね」
そういう性分よ、と返事があった。
そこへ近づいてくる男子がいる。
私たちと同じクラスの男子、都成勝利だ。
いつの間にか決まっている位置、ベンチの斜め前あたりにどっかりと彼は腰を下ろす。どちらかといえばヤサ男で、貧弱さがちらつくのに、その座り方は雑な動作で、変に映る。
「じゃあ、結論をいきなり言うけど」
購買で買ったパンの袋を破いた都成くんに、私が宣言した。
「とりあえず、あんたをペーパーバッグに加入させます。それで、私と一緒にピースを狙う。全力で」
オーケー、と答えて、都成くんはパンにかじりついた。
その日の夜のビッグゲームで、私と深雪がケージを抜けたところで、都成くんもやってきた。すぐにゲートをくぐる。
「じゃあ、二人で頑張って」
そう言ってさっさと深雪は消えてしまった。例の定位置に行くんだろう。あそこはこの秘密の戦場の全てを把握できる、絶好の位置でもある。
深雪の後ろ姿を追っている都成くんを引っ張る。
「さっさと行くわよ。もう全体が動き出している」
直感がピースの位置を教えてくれる。一歩、二歩と駆け出し、次には十メートルを跳躍し、建物の壁を蹴りつけ、さらに上へ。
視線を向けると、都成くんも付いてくる。
さすがにルーキーでも、ちょっとは技術と能力を身につけているらしい。それもそうか、彼が話したところでは、もうシーカーになって二ヶ月が過ぎようとしている。
二人で屋根の上を走ると、周囲にシーカーが並んでくる。目指す先は同じだ。
一番先を行く犬のシーカーがピースに手を触れる。
そこへ猫のシーカーが先制攻撃、犬のシーカーが弾き飛ばされる。
こぼれたピースを猫のシーカーが確保、とほとんど間をおかずに、その猫のシーカーも弾き飛ばされる。
私と都成くんが加わったのは、どこからともなくやってきた三人組、ハウンドがピースを強奪したところだった。
都成くんが突撃し、一人の犬のシーカーが弾き飛ばされる。が、ピースはハウンドのもう一体の犬のシーカーに渡っている。
私がそこへ飛び込むが、避けられる。
それは想定通り。
黒猫の特性を利用し、体を一度、影に変える。
私を避けたばかりの犬のシーカーの側面に私が出現。
ピースをかすめ取る。しまった、という顔の犬のシーカーを蹴り飛ばしてやる。
ピースを持って離脱。
という時に、足をつかまれた。
今度は私が、しまった、という顔をしているだろう。
ハウンドの三体目が私を振り回し、手からピースがこぼれる。
そこに都成くんの攻撃から立ち直ったシーカーが飛びつき、ピースを完全に奪われた。
放り出された私が着地した時には、ハウンドは隊形を組んで、離脱する姿勢。ここで黒猫の特性を発動できればいいのに、ついさっき発現させたので、再使用まで時間がかかる。
都成くんが追っていくのに、私もついていく。
でもとても間に合わない。
私の方が足が速いので、都成くんにすぐに並んだ。
「追いつけないわよ」
指摘してやると、
「黒猫の能力を使えば間に合うさ」
と、力強い返事が来る。って、それをやるのは私じゃないの。
結局、私の特性の能力が回復する前に、ハウンドはケージにピースを運び込んでしまった。
足を止めて、周囲を見回し、もう一つのピースを探す。
だが見当たらない。おそらく他のファミリーが回収したんだろう。
「負け、か」
私の横で、はぁっと都成くんが息を吐く。ちょっと労ってやるか。
「ま、よくあることだよ。気にしないで、次に頑張りましょう」
「余裕だな」
「それが私のやり方。つまり、ペーパーバッグのやり方よ。文句があるわけ?」
まさか、とバンザイする都成くんをちょっと睨みつけてから、じゃ、今日は終わり、と宣言する。
ちょうど頭上で鐘が鳴り始めた。
「いつも八代さんは参加しないわけ?」
地上へ降りた時、さりげない様子で都成くんが訊ねてくるが、全くさりげなくない。露骨だ。
「それも私たちのやり方」
「でも二人しかいないなら、協力すればいいじゃないか」
あのね、と思わず、今度は本気で彼を睨んでいた。
「私たちには私たちのやり方がある。文句があるなら、さよならよ」
「いや、すまん、気に障ったなら、謝る。ごめん」
「よく考えなさい、新入りくん」
私はさっさと身を翻す。都成くんは追ってはこなかった。
鐘が鳴り止み、その時には耳もしっぽも消えている。
私は一人で市街地にほど近いところにある、マンションに向かった。私はそこで両親と暮らしている。
ただ、両親ともに仕事が忙しく、家で顔を合わす時間はあまりない。
それでもその日は部屋に帰ると、母がお風呂から出てきたのに鉢合わせした。
にっこりと柔らかい笑みが向けられる。
「お帰りなさい、美澄。お風呂、ちょうど良かったわ」
「うん」
両親は私を拘束することがない。放任に近いけど、こうして愛情を向けてくれる。
私はきっと、恵まれているんだろう。
それなのにどこか、落ち着かないものを感じて、私は母の前に立っていた。
(続く)
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