4-4 曖昧な勧誘

     ◆


 夜の市街地で、光の玉を奪い合うシーカーたち。

 俺はほとんど参加せず、できるだけ遠くから、見渡せるだけを見渡した。

 今夜も勇敢なるウサギが、一人で戦っている。

「面白い?」

 横に誰かが降り立って、そこを見ると、珍しく景山美澄だった。

 学校では話をすることが多いけど、ビッグゲームの最中というのは珍しい。

「みんな必死になっていて、羨ましいとは思ったかな」

 正直に答えると、美澄が、どこかの誰かさんもそういう気持ちかもね、などと応じて来る。

 誰のことか考えて、深雪のことかな、と思った。

 思ったけど、踏み込むのはやめた。

「景山さんも、勇敢なるウサギの過去を知っているわけ?」

「裏切り、分裂、孤立。お決まりのパターン」

「お決まりなの?」

「私はビッグゲームに参加して四年目だけど、本当によくあるよ。ファミリーは最初は仲良しグループだけど、メンバーが増えていって、すれ違いが起きて、崩壊」

 ちらっと美澄を見ると、彼女は視線を真っ直ぐ前に向けている。

「だからペーパーバッグは二人きり、ってこと?」

「あまり言いたくないかな」

 もしかしたらペーパーバッグにはペーパーバッグの過去があり、語りづらいこともあるのかもしれなかった。

「景山さんはどうして今日はピースを取りに行かないの?」

「わざわざあんたと話すためにここにいるのよ。深雪の助言もある」

「助言?」

「構ってみれば、ってね」

 構ってみる?

「あんた、どこかのファミリーに入るの? それとも今のまま独立独歩でやるの?」

 難しい問いかけだ。

 ただ、深雪がその件で俺を構ってみろ、というのは一つの側面を見せる。

「ペーパーバッグは、よそ者を入れない方針?」

「私はね」

 口をへの字にして、どこか遠くをちらっと美澄が見える。俺は反射的にその視線を追うが、市街地を形成する比較的背の高いビルの群れが壁のように見えただけだった。

「深雪と話をしたんでしょ? なんて言っていた?」

「いや、その話はしなかった」

「じゃあ、何の話をしたわけ?」

「勇敢なるウサギの噂話、かな」

 嫌な感じ、と美澄が吐き捨てるように言う。

「私、噂話ってするのもされるのも嫌いよ。覚えておいて」

「まぁ、俺もあまり好きではない」

 嘘ばっかり、と美澄がそっぽを向く。そのまま、言葉が続いた。

「私たちの都合は、私たちで話し合っておく。二人だから多数決は不可能だけど、もし二人であんたを放り出すと決めたら、それっきりだとは、思っておいて」

「わかった。また今度、正式に話をしに行くよ。ケージはどこだっけ?」

 あっち、と美澄が指差す方は、市街地に意外に近い。

 さすがに俺も気づいているけど、ケージの場所は任意で設定できるが、設定する場所は気を配る必要がある。ピースの出現地点はランダムだけど、ビッグゲームの参加するシーカーがケージを通過して参戦する都合もあって、他の有力ファミリーのケージに近いと、自分のケージにピースを運び込む時、どうしても混戦になる。

 この辺りでは春日駅に近い位置にケージがやや偏っている一方、駅から離れた住宅地にもいくつかのケージがある。

 ちなみにケージを設定しているファミリーの名称が、ケージを直視すると思考へ届くので、同じような光の円筒でも、混同することはない。

「また今度、見ておくよ」

「私から深雪に話をしておく。私はできるだけピースを獲得するように動いているけど。本当に、今日は例外だから」

「分かったよ」

 視線を周囲に向けると、さっきまで俺が眺めていたピースはどこかの猫のシーカーが確保し、ケージへ飛び込んだようだった。

 獲物を失ったシーカーたちが三々五々に散っていく。

「ねぇ、景山さん」

「何?」

「景山さんは、何が楽しい?」

 ふざけているの? と呟いてから、彼女は堂々と言った。

「勝つこと、倒すこと、自分が成長すること。そんなところね」

 俺はまだ勝つことも倒すことも、ままならない。

 でも成長は意識できるかもしれない。

「あんたは楽しくないわけ? 都成くん」

「まさか、楽しいさ。でももっと、楽しみたい」

「強欲ね」

「素直、と言って欲しいかもね」

 帰るわ、といった次の瞬間には黒猫のシーカーの特殊能力で、美澄の姿が霞んで、溶けるようにその場から消えていた。

 一人きりになり、そっと地上へ降りた。

 鐘が鳴り始める。もう今日のビッグゲームは終わるのだ。

 俺の成長なんて、微々たるものだ。まだまだ、先へ進める、伸び代はある。

 そのはずだ。

 小走りで家に向かう途中で、シーカーの証である耳と尻尾が消え、途端に力が抜け、疲れ始める。

 これが現実か。

 その現実を、ビッグゲームは、野性解放時間は、取り払ってくれる。

 だったら、その時間をもっともっと、楽しむべきだ。

 今しか味わえない、限定された、奇跡の時間。

 家に着いて、明かりがついていないので、堂々と玄関から入った。

 シャワーを浴びてお風呂を出ると、ちょうど姉御が帰ってきた。

「そんなに頻繁に、どこに出かけているわけ?」

 そう訊ねられて、ジョギング、と苦し紛れに答えると、嘘が下手ね、と笑われてしまった。

 部屋で寝台に横になるのと同時に意識を失い、目覚まし時計が鳴り響くと、もうカーテンの向こうは明るい。

 ビッグゲームのせいで睡眠時間が削られているはずが、不思議と疲労はない。あるいはそこにもシーカーの資格者に対する、何者かからの恩恵があるのかもしれなかった。

 登校する途中で、里依紗と顔を合わせた。

 今までにも何度かあったので、もうお互いに驚いたり、戸惑ったりしない。

 ビッグゲームの話をすることもなく、春日駅周辺の様々な店舗の話題になる。衣類、雑貨、靴、CD、ゲーム、喫茶店、自転車店、などなど。

 学校に着くと、クラスも違うので、自然と別れる。

 俺が一年一組の教室に入ると、既に教室にいて自分の席で本を読んでいた深雪がチラッとこちらを見て、また本に視線を戻す。

 俺は自分の席に座って、ペーパーバッグの結論を聞く時のことを考え、ちょっとだけそわそわした。

 美澄はまだ、やってこない。



(第4話 了)

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